第006話
カラオケが終わった俺たちはシメのラーメンに向かった。
ところが……
「最近できた、美味そうなラーメン屋があるんだよ。ちょっと行ってみないか?」
大悟がそう言い出したので、わざわざ電車で移動してそのラーメン屋へ行ってみた。
するとオープンしたてのせいか、そのラーメン屋には行列ができていた。
それでもせっかく来たので、俺たちはその列に並ぶことにする。
たしかに並んだ甲斐もあるぐらい、そこのしょうゆラーメンは絶品だった。
ただそのおかげで、帰りの時間が遅くなってしまった。
「あ、そういえばケチャップ切らしたんだった……」
電車を降りて自宅へ歩いて向かう途中、俺はそんなことを思い出した。
今日は家に帰ってリョウジのレシピの「やみつき鶏」なるメニューを、明日の弁当用に作ろうと思っていた。
こんなに帰りが遅くなるとは思っていなかったが。
「やみつき鶏」を作るには、ケチャップが必須だ。
買って帰るか。
ちょうど家までの途中に、「ナツダイ」というスーパーがある。
俺は買い物は週末に業務スーパーでまとめ買いをするので、ナツダイにはほとんど行ったことがない。
閉店時間はたしか10時だったはず。
スマホで時間を確認すると、21:35と表示されている。
なんとか間に合うな。
俺は少し歩いてスーパーナツダイの入口から入ると、ケチャップを探した。
総菜コーナーを眺めると、さすがにこの時間は商品が少なかった。
俺はケチャップだけを持って、そのままレジへ進む。
客は俺だけだった。
レジは1ヶ所だけ人がいて、若い女性だった。
俺はケチャップを台の上に乗せて、視線をその女性に移す。
そして次の瞬間……俺は固まってしまった。
ブラウンのサラサラな髪は、おしゃれな外ハネのミディアム。
二重まぶたの愛らしい目元。
整った鼻筋に、薄めのピンク色の唇。
白いブラウスの上に、スーパーのユニフォームなのか紺色のエプロンを身につけている。
今朝の超絶美少女高校生が、目の前にいた。
彼女は俺が固まったのを不審に思ったのか、俺の顔に視線を向けた。そして……
「あっ……」
彼女も固まってしまった。
時間にして3秒くらい。
二人の間に沈黙が流れた。そして……
「今朝は……ありがとう」「今朝は、すいませんでしたっ!」
俺がお礼を言うのと、彼女が頭を下げるのが重なった。
そして彼女は頭を上げると「えっ……」という表情をする。
そして二人で顔を見合わせると……二人同時に吹き出してしまった。
その彼女のはにかむ笑顔に、俺の心臓が騒がしくなった。
「こんなところで会うなんて、奇遇だね」
「はいっ、びっくりです」
彼女はくりっとした二重の目をさらに大きく見開いて、驚いていた。
「あの……本当にすいませんでした。間違って手を掴んでしまって……」
「いやいや、礼を言わないといけないのは俺の方だよ。あの時君がちゃんと説明してくれなかったら、大変なことになってたと思う」
俺は緊張しながら、そう返した。
改めて至近距離から彼女を見ると、本当に整った顔立ちだ。
俺は……なんだか直視ができない。
「近くにお住まいなんですか?」
「ああ、ここから10分かからないぐらいのところかな? 山下町だよ」
「じゃあこの先を右に曲がった、裏通りを行くんですね?」
「そうそう。その先の山下町の信号を右に入ったあたり」
俺は緊張していたのか、自分の個人情報をペラペラと喋っていた。
「……あの裏通りって、薄暗くて怖くないですか?」
「え? ああ……そういえば街灯も少ないね。でもまあ男だし」
「そうなんですね」
彼女は如才なく、俺と言葉のキャッチボールをしてくれた。
その少し鼻にかかったソプラノボイスも、可愛いと思った。
彼女はケチャップをバーコードで読み取ると、「186円になります」と言った。
他にお客さんがいなくて良かった。
彼女と話をする時間があった。
俺はカードで支払い、レシートを受け取る時に彼女の胸元をチラ見する。
別に胸の大きさをチェックしたわけじゃない。
断じて違う。
その控えめな発展途上の女子高生の胸を見たかったわけじゃない。
俺はエプロンに名札がついてないかをチェックした。
できれば……名前を知りたかった。
でも俺の願いも虚しく、エプロンには名札がついていなかった。
最近では個人情報に厳しいので、名札をつけないケースも多いと聞いている。
「えっと……だいたいこの時間にバイト入ってるの?」
またこの子に会いたい……そんな事を強く思ったせいか、俺の口からはそんな言葉が出ていた。
「え? はい……えっと……平日は週2-3日ですね。だいたい閉店時間までいます」
彼女は言葉を選んでそう言った。
彼女自身、個人情報を教えようか迷っていたんだろう。
こんな回答をしてくれたということは、少しは信用してくれたのだろうか。
「そうなんだ……じゃあまた来るよ」
「え? はいっ、お待ちしてます」
最後はキラキラした笑顔で、俺にそう言ってくれた。
俺の心臓はまたテンポアップした。
俺は「ありがとうございましたー」という彼女の声を背中で聞きながら店を出た。
この偶然の再会に感謝しながら。
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