第007話

 翌日の夜。


 俺はアパートのキッチンで、リョウジの動画を見ながらエビマヨを作っていた。


 業務スーパーで購入した冷凍エビの残りを消費するためだ。


 俺はエビをプライパンで揚げ焼きしながら、昨日の美少女との再会を思い出していた。


 二重まぶたの大きな目で、俺を見て驚いていた。


 はにかみながら笑って、週2-3回シフトに入っていることを教えてくれた。


 俺が思い出した全てのシーンの彼女は、全て可愛くてキラキラ輝いていた。


「まったく……重症だな、こりゃ」


 俺はいままでアイドルとかには全然興味がなかった。


 推し活とか言われている社会現象も、理解できなかった。


 でも今なら少し分かる。


 もしあの可憐な美少女がアイドルだったら、俺は資金投入を惜しまないだろう。


 とはいっても、投入できる原資は限られるが……。


 そんなことを考えながら、完成したエビマヨを皿に盛り付ける。


 同時に明日の昼食用の弁当箱にも取り分けた。


 

 洗い物をしながらふと横を見ると、使い切ったマヨネーズのプラスチック容器があった。


「ああ、マヨネーズ、使い切ったな……」


 そういえば、昨日の夜はケチャップを買ったな。


 マヨネーズも明日買ってこようか。


 いや……ひょっとしたら、今日の深夜にマヨネーズが必要になるかもしれないな。


 うん、きっとそうに違いないぞ。


 そこまで考えてから、俺は「うわっ、キモッ」と呟いていた。


 でもマヨネーズが必要なのは、紛れもない事実だ。


「……これ食べたら、買いに行こう」


 結局俺はナツダイへ行くことにした。


「会えるアイドル」というキャッチフレーズが昔あったが、「会えるアイドル店員」への推し活だと思えばいい。




 俺はスーパーナツダイの入口から入って、マヨネーズのある棚へ向かう。


 時刻は9時45分。


 昨日とほぼ同じ時間だ。


 俺はもう少し早い時間に来ることもできた。


 しかし……閉店間際のほうが、客も少ないなずだ。


 そうすると話ができるチャンスも大きい。


 ただ今日彼女がシフトに入っているかどうかはわからない。


 その辺は運次第だ。


 俺はマヨネーズだけを持って、レジに向かう。


 レジには一人だけしかいなかったが……そのレジ周辺の空気が、ラメ色に輝いている。


「いたっ」


 俺は小さくそう呟いて、心のなかで大きくガッツポーズをした。


 今日もユニフォームのエプロンが、可憐な彼女に似合っていた。


 彼女は俺を見つけると「あっ」と小さく声を上げて、にこやかな笑顔を向けてくれた。


 うわぁ……天使がいるぞ。


 彼女は「こんばんは」と声をかけてきてくれた。


 俺もこんばんはと返す。


「自炊されてるんですか?」


 彼女はマヨネーズのバーコードを読み取ると、俺にそう訊いてきた。


「ああ。料理はよくするんだ。たまたまマヨネーズが切れちゃって」


「そうなんですね。私も結構お料理するんですよ」


「え? そうなんだ?」


 話が弾んでいる。


 他のお客さんがいなくてよかった。


 やっぱりこの時間に来て大正解だった。


「以前からここでバイトしてた?」


「いえ……先月からです。それまではコンビニでバイトしてました」


「そうなんだね」


 2回めにしては、結構いいペースで会話のキャッチボールができてるじゃないか。


 いい感じだ。


 俺はカードを出して暗証番号を入力した。


 レシートとカードを揃えて俺に渡すとき……彼女は少し何かを考えているような仕草をみせた。


「?」


「あ、すいません……」


 あわてて彼女はカードとレシートを俺に渡す。


 俺はそれを受け取って、なんとかもう少し話を広げようと脳をフル回転させる。


 いかん……話題が見つからんぞ。


 そもそも女子高生相手の話題なんて、考えたこともない。


 今日は一旦退却だ。


 今度来るときには、ちゃんと話題を考えておくことにしよう。


 そう考えた俺は……


「それじゃあ。ありがとう」


 そう言って出口に向かおうとした時。


「あ、あのっ」


「ん?」


 彼女の声に振り返ると……緊張した面持ちで俺を見つめる天使がいた。


「あの……今ですね、サービス期間中でして」


「サービス? なんだろ。なにかもらえたりするの?」


「えーっとですね……物じゃないんですけど……」


「?」


 彼女は何か言い淀んでいる。そして……


「あの……現役女子高生を、自宅の途中まで送って行けるっていう特典なんですけど……いりませんか?」


「……」


 そんなもん、金払ってでも欲しいわ!



 ◆◆◆



「すいません、お待たせして」


 俺は彼女に言われた通り従業員通用口の前で待っていると……白い薄手のパーカーにパンツというスタイルの、現役美少女高校生が現れた。


「遅くまで大変だね」


「いえ……まあ、そうですね」


「それじゃあ……行こうか」


「はい」


 俺は緊張しながら、「現役女子高生を、家の途中まで送って行ける」という特典を享受することにする。




 なぜ彼女が、こんな突拍子もないことを言い出したのか。


 話を聞くと彼女の家は歩いて俺のアパートの5分ほど先にあるらしいのだが、最短距離の裏通りは暗くて人通りも少ない。


 確かに女の子一人では心細いだろう。


 別ルートで大通りに出て帰ることもできるが、それだと遠回りで30分ぐらい歩かないといけない。


 それに加えて……以前彼女はコンビニでバイトしていたとき、ストーカー被害にあったらしい。


 それもあってそのコンビニでのバイトを辞めてしまった。


 つまり……俺にボディーガード代わりになってもらって、山下町の交差点まで一緒に帰ってもらえないか、ということだった。


 なんという役得。


 なんという幸運。


 俺は一生分の運を、ここで使い果たしたかもしれない。

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