第015話


「お前……あんまりそういうこと、言わないほうがいいぞ」


「……誰にでもこういうこと言う女に見えますか? 先輩。だったら心外です」


「……」


 菜々世はちょっと拗ねた表情を見せたあと、柔らかく笑った。


 少しバツが悪そうな笑顔だった。


 これ、どこまで本気なんだ?


 ちょっと話が違うじゃねーか。


 この間は「特にそんな変な意味じゃなくって」とか言ってたよな?


 経験値ゼロの俺には手に余る。


 どうしたものかと考えていたところに、注文したものが運ばれてきた。


 二人ともパスタのセットだった。


「まあ腹減ったし、食べようぜ」


「そうですね」


 俺たちはパスタを食べ始めた。


 それからドリンクバーのコーヒーを飲みながら、今日の映画や職場の話をした。


 その頃には、いつもの菜々世に戻っていた。



 食事を終えた俺たちは、サンゼを後にした。


 これから家で平日用の食事の作り置きでもしよう。


「じゃあ菜々世、また明日な」


「はい、今日はありがとうございました。また誘って下さいね。じゃないと私から誘っちゃいますからね」


「お前……」


「暁斗先輩、大丈夫ですよ。アタシ、口堅いですから」


 そう言って菜々世は、いたずらっぽくニッコリ笑った。


 やっぱり今日、一緒に映画なんか見るべきじゃなかったか。


 俺がそんな事を考えていると……



「暁斗……さん?」



 正面から、そんな可愛らしいソプラノボイスが聞こえてきた。


 そこには……とんでもない美少女が立っていた。


 白のブラウスの上に水色のカーディガン、淡いオレンジ柄のキュロットミニ。


 ウエストのベージュピンクのリボンが可愛らしい。


 キュロットの下に伸びる足は細くて透明感がある。


 外ハネミディアムの綺麗な髪に、二重まぶたの可愛い目元。


 ファッション雑誌から飛び出てきたような超絶美少女……海奏ちゃんの視線が、俺と菜々世の間を往復していた。


「海奏ちゃん……」


「こ、こんにちは。暁斗さん」


「ああ、こんにちは。海奏ちゃんは……買い物か、なにか?」


 俺は動揺を抑えつつ、海奏ちゃんにそう訊いた。


 よりによって菜々世と一緒の所に遭遇するとは……。


「え? は、はい。本屋さんに参考書を見に行った帰りなんです」


「そうなんだね」


「あ、暁斗先輩……この美少女は? まさか……そういう有料サービスを利用してるんですか?」


「ちげーわ。この子……海奏ちゃんは、ほら、この間電車の中で」


「……あーー! あの女子高生の! うわー、確かにめっちゃ可愛い……」


 菜々世が最後の方は小声でそう呟いた。


「えっと、暁斗さんは……その……デ、デートなんですか?」


「へっ? いや」


「そうなの! 今ね、二人でデートして食事してきたところなんだよ!」


 何を思ったのか、菜々世がそう言って俺の腕に自分の腕を絡めてきた。


「菜々世! お前何を」


「そ、そうだったんですね。それじゃあ……失礼します」


「あ、海奏ちゃん! ちょっと」


 そう呼び止める俺に背を向けて、海奏ちゃんは早足で立ち去っていった。


「おい、菜々世! なんてことすんだ! 完全に勘違いされたぞ」


「うわー、そうみたいですね。でもあれぐらいで? ちょっとしたジョークじゃないですか」


「それでも彼女には、刺激が強かったんだよ」


「暁斗先輩……そもそもあの子と、どういう関係なんですか? 痴漢騒ぎのあと、仲良くなったとか?」


 うわっ、こいつ勘が鋭いな……。


「ひょっとして、あの子のこと狙ってるんですか? まだ高校生じゃないですか」


 菜々世にそう言われて、俺はすこし怯む。


「ハァーー、男ってどうしてこうもロリコンが多いのかな……。まあいいじゃないですか。これで『あの子は違う。誤解だ』って話す話題ができた訳ですし」


「お前、完全に他人事だな」


「はい、他人事ですよ。ライバルは少ない方がいいですし」


「菜々世……」


「まあよく話して聞かせてあげたらどうですか? それで上手くいかなかったら……アタシが慰めてあげますから」


「まったく……勘弁してくれよ」


 菜々世はニコニコと笑っている。


 全く反省の色がない。


 俺は大きなため息をつくことしかできなかった。



 ◆◆◆



 俺はアパートの部屋で料理をしながら、今日の昼間のことを考えていた。


 まさか菜々世から、あんなカミングアウトがあるとは思っていなかった。


 ただ……あれって、本気なんだろうか?


 社内では大悟が菜々世に絶賛アプローチ中であるのは周知の事実で、周りはそれを暖かく見守っている感がある。


 そして今日の話では……菜々世は大悟のことを「ナシよりのナシ」と言っていた。


「大悟を諦めさせるために、俺にアプローチしてきたという可能性は?」


 いや……それはないか。


 菜々世はそんなに嫌なことをするヤツじゃない、と思いたい。


「それにしても……最悪のタイミングで、海奏ちゃんに見られちまった……」


 海奏ちゃんのあの表情……完全に誤解されてしまっている。


 なんとか明日の朝、電車の中で誤解を解かないと。


 俺は頭の中で海奏ちゃんにどう説明すればいいのか、シュミレーションを繰り返していた。


 気がつけばフライパンの上のひき肉とキノコが、真っ黒に焦げてしまっていた。


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