第020話
「なんだよ。普通に話せよ」
「あ、もしかして暁斗先輩、耳弱いんですか?」
「何言ってんだ……誰でもそうなるだろ」
「アタシも耳、弱いんです」
「……そうなのか?」
「試してみます?」
そう言って菜々世は、いたずらっぽく俺の顔を見上げる。
「お前、冗談でもそういうのやめてくれよ」
「えー、なんでですか、恥ずかしいなぁー。そこはアタシの耳元で囁いてくれないと」
「そんな上級テク、俺は使えねーわ」
「なんでですか。アタシだけで恥ずかしいじゃないですか」
菜々世はちょっと拗ねた照れ顔でそう言った。
なんだよ……ちょっとだけ可愛いかったりする。
菜々世は細身だがメリハリのある体でスタイルは悪くない。
顔だって平均以上だと思う。
性格だってサバサバしてるし……友達としては申し分ない。
ただ……同じ社内で、大悟もいて。
それになにより……俺は海奏ちゃんの輝くような笑顔が頭に浮かんだ。
「で、どうなんですか? あの女子高生とは」
「ん? ああ……まあご近所さんだからな。でもあれだけの美少女だろ? 俺は半分、アイドルの推し活的な感覚ではいるかな」
これは俺の正直な気持ちでもある。
ただ……平日は毎日のように会う機会があることは黙っておく。
「えーそうなんですね。アイドルの推し活……まあそれなら、ナシ寄りのアリですかね。じゃあアタシとまた映画に行ってくださいよ。それくらいなら、いいですよね?」
「ああ。考えとくわ」
「もう……それ、絶対考えないヤツじゃないですか」
「でも俺も映画好きだし、それくらいなら……」
でもどうなんだろうな。
あまり近づかないほうが安全なのか?
「お待たせ。ツマミはどうする? 追加で注文するか?」
俺の思考を遮るように、大悟がビール片手に帰ってきた。
「あ、俺はいいや」
「アタシも大丈夫です」
「そうか? じゃあ菜々世、この後カラオケでもどうだ?」
俺は菜々世が大悟にやんわりと断っているのを横目で見ながら、小さく嘆息した。
◆◆◆
「来週から期末試験なんですよ」
俺の隣の女子高生天使様は、明るい声でそう言った。
時刻は夜の10時過ぎ。
俺はスーパーナツダイから海奏ちゃんをマンションまで送り届けるという「推し活」の最中だ。
最近の海奏ちゃんは、俺との会話も随分なれてきてくれたみたいだ。
その日学校であったこととか、好きなドラマや動画のことなんかを楽しそうに話してくれるようになった。
「そっか。それは頑張んないといけないね」
「そうなんですよ。だから今週のシフトは今日が最後で、来週も試験の間はお休みです」
「そうなんだ。でも朝の電車の時間は変わらないんでしょ?」
「あ、はい。それは変わらないです。暁斗さん、いつもありがとうございます」
「いやいや、俺も楽しいしね」
俺は笑いながらそう言って、海奏ちゃんの歩調を合わせながら歩いて行く。
7月の夜10時過ぎ。少し蒸し暑い夜だ。
「あの……暁斗さん」
海奏ちゃんの声のトーンが少し暗い。
「ん? なにかな」
「あの……私と話してて……楽しいですか?」
「え?」
「だって……私こんなに子供だし……高校生だし……社会人の暁斗さんからしたら、話の話題だってつまんないんじゃないかなって」
「いや、全然そんなことないよ」
そんなこと……気にすることないのに。
「俺、海奏ちゃんと話をするのが、毎日すごく楽しみなんだ。今日学校で何があったとか、料理は何を作ったとか。そんな話を聞くとさ、こっちまで楽しくなるんだよ。海奏ちゃん、可愛いなぁって」
「もう……暁斗さん」
海奏ちゃんが照れている。
「いや逆にさ、俺の話がつまんないんじゃない? こんなおっさんサラリーマンの話、女子高生にウケるとも思えないんだけど」
「暁斗さんは、おっさんなんかじゃないですよ」
海奏ちゃんは苦笑する。
「私こそ暁斗さんのお話、楽しいですよ。お仕事のこととか、知らないことばっかりで。すっごく新鮮です。お料理のお話も参考にさせてもらってます」
「そっか。それならよかった」
とりあえず不快感は与えていなかったようだ。
俺はとりあえず胸を撫で下ろす。
「海奏ちゃん、大学は……聖レオナは、学部とかはどうするの?」
「はい、一応外国語学部の英米学科が第一志望なんですね。でも人気の学科で競争が激しいから……駄目だった場合、文学部の英文学科にしようか、外国語学部の他の言語、スペイン語学科とかフランス語学科とか。どうしようか迷ってます」
「そうなんだね。でも外国語を勉強したいんだ」
「はい。将来できれば英語を使って仕事をしたいって思ってるんです。漠然としてますけど」
「……やっぱり、お母さんの影響もあったりする?」
「どうなんでしょう……そうかもしれませんね。DNAの影響とか?」
海奏ちゃんは少し寂しげに笑った。
「なるほどね。お母さん、喜んでるかもしれないよ」
「だといいんですけど。もともと『海奏の好きなようにやりなさい』っていうような人でしたから」
「そうなんだね。じゃあ将来は、世界を飛び回るビジネスウーマンだ。いやー、俺なんか相手にされなくなっちゃうな」
「そんなことないですよ」
屈託なく笑う海奏ちゃんは、街灯の明かりの下でキラキラと輝いていた。
まるでスポットライトを浴びるアイドルのように。
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