第027話


 そして週末の日曜日。


 俺は海奏ちゃんといつもと同じ路線の電車に乗っていた。


 ただし……今はお昼前の時間だ。


「お休みなのに、電車けっこう混んでますね」


「そうだね。俺も休日にはあまり電車に乗らないから知らなかったけど」


 休日の電車は朝のラッシュ時間ほどではないが、それなりに人が多かった。


 とても座れるような状況ではない。


 海奏ちゃんはいつものようにドア横に立って、俺がその正面に立つ。


 今日の海奏ちゃんは白のTシャツの上にチェックのキャミドレス。


 かなりカジュアルな服装だ。


 ただいつもよりスカートが短くて、細くて白い足が眩しい。


 俺は海奏ちゃんのヒラヒラと揺れるスカートの裾が気になって仕方がない。


 

 今日これから俺たちが行くラーメン屋さんは、偶然にもこの間岩瀬課長が連れて行ってくれたイタリアンレストランの近くだ。


 海奏ちゃんが調べてくれたラーメン屋さんで、「濃厚ごま味噌冷やし中華」が有名なお店らしい。


「やっぱり名古屋の方って、味噌好きなんですか?」


 海奏ちゃんはそんなことを訊いてきた。


「確かに味噌好きが多いけど……あ、だから『ごま味噌冷やし中華』を選んでくれたの?」


「いえ、それも少しありますけど……単純に濃厚ごま味噌って、美味しそうじゃないですか?」


「ああ、確かにね。名古屋の味噌料理っていうと、いわゆる八丁味噌って言って……濃い茶色の味噌があるんだ。それを使って少し甘めに味付けしたものが多いんだよ」


「あーそうなんですね。味噌カツとかそうですよね」


「あ、味噌カツわかる?」


「はい、食べたことありますよ。甘い味噌ダレみたいなソースで、美味しいですよね」


「そうそう。あんな感じの味付けが多いんだ。味噌煮込みうどんとかは、あそこまで甘くないけどね」


 だから今日のラーメン屋さんの「濃厚ごま味噌」は、名古屋の味噌文化とは随分違うものだろう。


 

 電車を降りて5分ほど歩くと、目指すラーメン屋が見えてきた。


 ところが……


「あ、並んでますね」


「本当だ。うわー、やっぱりお昼時を外さないといけなかったね」


「でも……10人ぐらいですよね? 多分すぐに入れますよ」


 俺たちはその10人前後の列の最後尾に並ぶことにする。


 外は暑いが、なんとか日陰の中に並ぶことができた。


「それと……今日、家具屋さんの方も大丈夫ですか?」


「うん、もちろん。全然大丈夫だよ。それぐらい頼ってよ」


 実は今日、海奏ちゃんにもう一つお願いされていることがあった。


 部屋の小物や本を収納するカラーボックスを買いたいので、一緒に付き合ってほしいと言われたのだ。


 要は荷物持ちである。


 アイドルと一緒に冷やし中華を食べた後、荷物持ちを務める。


 これはもう立派な「ご褒美」だ。


 それに海奏ちゃんのこの華奢な体でカラーボックスを持って帰るのは、さすがに大変だろう。


 俺も車があればいいのだが……一応運転免許は持っているが、名古屋の実家で運転するぐらいだ。


 東京ではほとんど乗ったことがない。


 海奏ちゃんともう少し仲良くなったら……レンタカーでドライブとか行けないかな?


 誘ったら、来てくれるだろうか?


 もうそこまで行くと、推し活ではなくデートの誘いだな……。


「暁斗さんは……お洋服はどんなところで買うんですか?」


「俺? 俺はファストファッションばっかりだね。それこそウニクロとかZUとか。あとは通販かな」


「私も最近、通販で買うことが多いんです。シーオンってご存知ですか?」


「もちろん! 俺もたまに買ってるよ」


「そうなんですね。結構手頃な値段で可愛いのが多くて……今日のこれもシーオンで買ったやつです」


 そう言って海奏ちゃんは、ちょっとポーズを取った。


 あら可愛い。


「でも……これ、ちょっと子供っぽいですか?」


 子供っぽいというか……良くも悪くも高校生らしい格好だ。


「いや、ちょうど海奏ちゃんに似合ってるよ。足綺麗だし」


「そうですか? ちょっと……あんまり見ないで下さい……」


 そう言って海奏ちゃんは、手で足を隠そうとした。



 そんな話をすること20分。


 ようやく俺たちは店の中に入ることができた。改めて店の中でメニューを見る。


「まずこの『濃厚ごま味噌冷やし中華』は決定だね」


「はい、そうですね。これにしましょう」


「餃子はどうする?」


「あ、餃子食べたいです」


「1人前いけるよね? 普通の餃子にする? それともニンニク抜き?」


「……暁斗さんはどうしますか?」


「一緒に普通のにしない?」


「はい。やっぱり餃子はニンニク入りの方が美味しいですよね」


「よし、決まり。すいませーん」


 俺は店員さんを呼んで、濃厚ごま味噌冷やし中華と普通の餃子を2つずつ注文した。




「私、自炊してるっていう割には、やっぱり手抜き料理になっちゃうんですよね」


 水を一口飲んだ後、海奏ちゃんはそう言った。


「俺もそうだよ。だって勉強してバイトまでしてたら、時間なんてないでしょ?」


「そうなんですけどね……でもそんなこと言ったら、暁斗さんだってそうじゃないですか。資格試験の勉強までして……偉いですよね」


「まあ俺の場合はもう社会人4年目だしね。随分慣れたし、大学生のときから自炊はしてたから」


「ちゃんとしてるんですね。私なんか、面倒くさいと朝ごはんとか抜いちゃいますもん」


「え? それはダメでしょ。海奏ちゃん、一人暮らししてから体重減ったりしてない?」


「減りましたよ。5キロのナチュラルダイエットです」


「マジで!? それはダメだよ。海奏ちゃん、痩せすぎだよ」


 どうりで……足もウエストも細いし、本当に華奢な体つきだ。


 健康に良くないぞ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る