第024話


 課長と一緒に乗った電車を降りて、俺は少しコンビニで時間を潰してからスーパーナツダイへ向かった。


 一度帰ってから着替えたかったが、時間が中途半端だった。



「今日はスーツなんですね。お仕事、遅かったんですか?」


「いや、今日は会社の人と食事をしてから直接来たんだ」


「そうなんですね。わざわざありがとうございます」


「いやいや、だからこれは俺のご褒美だから」


 夜の10時過ぎ、俺たち二人は海奏ちゃんの自宅に向かってゆっくりと歩いていく。


「……ん?」


 急に海奏ちゃんが、俺に少し近づいてクンクンと臭いを嗅ぎ始めた。


「? どうしたの、海奏ちゃん」


「……暁斗さん、香水の匂いがします」


「え?」


 俺は自分のスーツの匂いを嗅いだ。


「女性と一緒だったんですか?」


「えっ? ああ、課長と……岩瀬課長と食事に行ってたんだよ」


 たしか海奏ちゃんは、課長のことを知ってたよな?


「あ、そうだったんですね……あれ? 暁斗さん」


「な、なに?」


 海奏ちゃんは俺の左腕をじっと見ている。


「ここ……白く光ってますけど、女性用のファンデじゃないですか?」


「えっ?」


 俺は左腕をたぐって見てみた。


 街灯の下で紺色のスーツの左腕の部分が、明らかに白っぽく光っている。


 俺は一瞬、左腕に感じた課長の重量感のある胸の感触を思い出す。


「そ、そういえば……課長がバランスを崩して、俺にぶつかったんだよ。そのときかな?」


「……怪しいですね、暁斗さん」


 海奏ちゃんの視線が、いぶかしげに変わる。


「オフィス・ラブっていうやつですか?」


「いや、違うって」


「暁斗さん、巨乳好きだし」


「だからそれも違う」


「どうせ私は子供ですし」


「海奏ちゃん?」


 マズいな。


 話が良くない方に……と心配していたら、海奏ちゃんが急にクスクスと笑い出した。


「冗談ですよ、暁斗さん」 


「海奏ちゃん?」


「その課長さんと食事した後でも、こうして来ていただけるだけで私は感謝してます」


 彼女はそう言って、前を向いた。


「でも……本当に彼女さんとかできたら、ちゃんと言って下さいね。ご迷惑をおかけしたくないので」


「いやー、彼女とかないない。ていうかさ、俺、いま『推し活中』だから」


「……推し活、ですか?」


「そうそう。『会いに行けるアイドル店員』に推し活中なんだよ。だから彼女なんて作ってる暇はないんだ」


「……私はアイドルなんかじゃありませんよ?」


「いやいや。それだけ可愛いんだから、俺の中では十分アイドルだよ」


「もう……そういうこと、面と向かって言わないで下さい」


 そう言って海奏ちゃんは下を向いてしまった。


 照れてるらしい。


 よかった、なんとか機嫌を直してもらえたようだ。


「あ、そういえば……匂いで思い出したんですけど」


「うん、なにかな?」


「えっと……大した話じゃないんですけどね。私が今使っているシャワーコロンがなくなるんです」


「? うん」


「それで、新しいのを買わないといけないんですけど……暁斗さん、どの香りがいいか選んでもらえませんか?」


「え? いいの? 俺が香りを選んでも」


「はい。だって、その……毎朝私の近くにいてくれるわけじゃないですか。だから暁斗さんの好きな匂いのほうがいいかなって」


 海奏ちゃんは少しはにかみながらそう言った。


 俺が海奏ちゃんの……現役女子高生の匂いを選んで、それを使ってもらえる……だと?


 なんていう贅沢プレイなんだ!


「暁斗さん、目が怖いです」


「え? あ、いやいや……うん、そういうことだったら是非選ばせてもらうよ」


「はい。じゃあ一緒にドラッグストアへ買いに行ってもらえますか? それで……同じシャワーコロンで良ければ、私が暁斗さんの分を買ってプレゼントしたいんですけど……どうですか?」


「え? そんなのいいよ」


「いえ、毎日のようにこうやってお世話になってるんです。そのお礼も兼ねてということで。それで……暁斗さんの香りは、私が選ぶっていうのはどうですか?」


「えー、いいの? うん、選んで選んで。お金は俺が払うから」


「ダメですよ。それじゃあ意味がありません。それに1本千円もしない、安いやつですから」


「そうなの?……うん、じゃあお願いしようかな」


「はい、じゃあそうしましょう。それで……暁斗さん、今更なんですけど」


「うん?」


「連絡先、交換してもらってもいいですか?」


「え? あ、そうだね。うん、そうしよう!」


 山下町の交差点で、俺たちはスマホを出し合った。


 お互いのQRを読み合うと、俺のスマホにLimeの「海奏さんがお友達になりました」という通知が来た。


 おおっ……海奏ちゃんのLimeゲットだぜ!


 俺はテンションが一段と高くなった。


「じゃあまたご連絡しますけど……明日暁斗さんが会社が終わったあとの時間とか、どうですか?」


「うん、多分空いてるよ。ドラッグストアだったら、駅前のところでいい?」


「はい、私もいつもあそこで買うんです。じゃあ時間はまたLimeでということで」


「うん、わかったよ。じゃあ明日ね」


 ちょうど海奏ちゃんのマンションの前についた所だった。


 海奏ちゃんは手を小さく振りながら頭を下げて、マンションの入口へ消えていった。


 それにしても……お互いが選んだ匂いのコロンを一緒に使うとか。


 もうこれ、恋人同士だろ?


 惚れてまうやろーー!! と俺は大きな声で叫びたかった。


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