清楚系美少女JKに、冴えないリーマンの俺(素人童貞)が「推し活」する。 ~痴漢冤罪から始まるラブコメ~

たかなしポン太

第001話

「こ、この人、痴漢です!!」


「へっ?」


 濃紺のブレザー制服を着たその女子高生は、スーツ姿の俺の右手首を肩の高さまでひねり上げながらそう叫んだ。


 

 5月のある朝。


 通勤ラッシュで混み合う車内。


 その女子高生の一言で、俺は周りの注目を一身に浴びることになる。


 右手を捕まえられた俺は、その女子高生の顔を正面から見すえる。



 くりっとした二重まぶたの可愛らしい目元。


 スッとした鼻筋に小ぶりで形の良い鼻先。


 ピンク色の薄めの唇。


 手入れの行き届いた髪は、ブラウンの外はねミディアム。


 俺の鼻孔をくすぐる甘いコロンの香り……。



 こんな状況下でさえ、俺はその超絶美少女に見とれてしまった。


 しかも少し頬を紅潮させた怒りの表情。


 その表情を「背徳的」と感じてしまったのは、俺の性癖なのだろうか。


 俺は右手首に刺すような痛みを感じながら……一瞬で「あ、終わった……」と思った。


 冤罪はこうして作られるんだと。


 俺の犯罪歴に、一つ記録がついてしまうと。


 

 しかしこの痴漢冤罪劇は、俺の人生の「終わり」ではなく……俺とその美少女高校生とのストーリーの始まりだったとわかるのは、もう少し先のことだった。



 ◆◆◆



「山中君。安田産業さんへの請求書って、送ったんだよね?」


 俺は朝一で会社のPCを立ち上げ、缶コーヒーを飲みながらメールをチェックしようとしていた時。


 主任の槙原まきはらさんが黒縁のメガネに手を当てながらそう声をかけてきた。


「あ、はい。たしか3日前くらいにメールで送りましたよ」


「そう……実は先方の課長さんから別件で連絡が来たんだけど、請求書が届いてないらしいんだ。チェックしてみてくれる?」


「はい、今見ます……あ、やっぱり送ってますね。先方の岡田さん、t.okadaのメールアドレスに送ってます」


「……岡田さんって、僕と同じ義雄よしおっていう名前じゃなかったっけ? だったら y.okadaじゃないの? t.okadaは、野球選手でしょ?」


「え? マジすか? ちょ、ちょっと待って下さい」


 俺はあわてて確認する。


 請求書を違うアドレスに送るなんていうのは、かなりヤバイ。


「……す、すいません。y.okadaが正しいです。間違ったアドレスに送ってました」


「もー、山中君気をつけてよ。前にもあったよね? メールアドレスは2重3重にチェックしてから送らないとダメだって、僕、何回も言ってるでしょ? 今回はドメインは同じだから、同じ社内には届いているだろうからまだ大丈夫かもしれないけど……とにかく正しいメールアドレスに、事情を説明してもう一度送っといて」


「は、はい。すいません……」


「山中君、もう4年目なんだからさぁ。もうちょっとしっかりしようよ」


「はい、すいません……」


 俺の声は小さくなる一方だが……主任もそんなにチクチクと言うことないだろ? 


 キーボードだと、「y」と「t」は隣同士なんだよ。


 俺だって手を抜いてやってるわけじゃねーんだし。




 俺、山中暁斗やまなか あきとが勤務するマギー建設株式会社は、都内にある非上場の中堅建設会社だ。


 従業員は400人弱、一応仙台、名古屋、大阪、福岡にも支店がある。


 俺はその本社で経理の仕事をしている。


 毎日請求書の作成、領収書の発送、入金のチェックなど、退屈で細かい仕事が多い。


 入社4年目ともなると仕事の方には随分慣れたが……俺の性格のせいなのか能力のせいなのか、こうした小さいミスは頻発する。


 その度に槙原主任からお小言を頂戴するわけだ。




 なんとか午前中の仕事を終えて、俺は会社の休憩スペースへ向かう。


 カバンの中から弁当箱を取り出し、電子レンジの中に入れて温め直す。


 ブーンという音を立てながら、レンジのターンテーブルが回っている。


 俺は今では自炊派だ。


 入社した頃はずっと外食をしていて、この会社の安月給も重なり常に金欠状態が続いていた。


 俺が自炊派になったきっかけというのは、あるユーチューバーの存在だ。


 バスレシピを量産する「リョウジ」というユーチューバー。


 初めてリョウジの動画を見たときは、かなり衝撃的だった。


 酒を飲みながら、時には酔っ払いながら料理を作っている。


 最初は「なんだこいつ? ふざけてんのか?」とも思ったが、試しにレシピに従って簡単なものを一品作ってみると……これが超絶美味い。


「え? これ、俺が作ったんだよな?」と思わず言ってしまうほど、簡単で美味いものが食べられる。


 しかもコストだって材料費だけだ。


 これはお財布にも優しい。


 金欠の俺にはありがたかった。


 こうして夜な夜なリョウジのユーチューブを見ては、料理をするのが俺の日課になりつつあった。


 たまに動画の中でハイボールを掲げながら「カンパーイ」と言ってくるリョウジ氏に、俺も発泡酒を掲げて「カンパーイ」と返している。


 自分でも末期的だと思っているが。




 ピーッという電子音がレンジから聞こえた。


 俺はやけどに気をつけながら、弁当をレンジから取り出す。


 適当な席に陣取って、俺はお茶の用意をしていると……


「あ、山中君。今日もお弁当?」


「あ、課長」


 そう言って休憩室に入ってきたのは、俺の上司……岩瀬奈保子いわせなおこ、経理課長だ。


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