第26話 ハイラの故郷

 一夜明けて、俺たちは無惨なエルフの遺体を街の墓地に埋葬した。

 人間の墓地だけど、他に適した場所もないし、しょうがない。


 空いているスペースに穴を掘り、遺体を入れて、木の板で簡単な墓標も建てた。


「ありがとう、人間さん」


「ハイラ、これからどうするんだ? 俺はずっとこの街にいない。ロヲロヲさんっていう魔法使いを探す旅をしているんだ」


「……」


「故郷に帰るなら送るよ。便利な乗り物を出せるんだ」


「……うん」


「帰る?」


「……うん」


 体は元気でも、心はまだ壊れているようだ。

 それとも、元々口数が少ないタイプなのかな。


「車召喚」


 タイヤのついた大きな鉄の箱が出現する。

 はじめてみる物体に、ハイラはポカンと口を開けた。


「すごいのね。魔法使いなの?」


「違うよ。これは別の力」


 助手席に座らせて、ゆっくり発進。

 行き先は乗る前に教えてもらった。山の麓の森だ。ンポの街からたいして遠くない。


「わあ」


「ちょっと速度上げるよ」


 最初の数分こそ小さなリアクションを何個か見せてくれたけど、あっという間に慣れてしまったようで、


「……」


 ずっと無口だ。


 ぶっちゃけ、すんごく気まずい。

 この世界で知り合った女性全員お喋りだったから、尚更気まずく感じる。


 なにか話さないと。

 なんか初デートみたいだ。


「親はどんな人なの?」


「幼い頃に死んだわ。人間に公開処刑されて」


「あ、へー」


 この世界の人間さあ。

 お願いだから会話が盛り上がりそうなことやっておいてくれよマジでさあ。


「故郷の森では何を食べていたの?」


「虫とか、木の実とか、たまに獣かしら」


「そうなんだ。虫かあ、なんて虫が美味しいの? 今度食べてみようかな」


「覚えてないわ。もはや地下牢で人間に食わされた害虫の味しか、記憶に残っていないから」


「ふーん」


 俺って会話のセンスないのかな。

 そう考えるとアンフっていいよな、相手のことなんかなーんも考えず永遠に自分語りするもんな。


 見習いたいもんだ。


「家とかどうしてたの?」


「もちろんあったわ。木を伐採して建てたり、洞窟に暮らすエルフもいたけど。私の森ね、大樹が何本も生えているの。とても、とてもとても大きな樹。そこの枝の上に私の家があったわ」


「枝の上? すごいな、見てみたい」


「腰抜かすかもしれないわね」


 あ、ちょっと笑った。

 僅かに口角が上がった。


 よ、よし、上手く喋れているようだ。


「えーっと、地図だとそろそろなんだけど」


 橋を超えて、巨大岩を過ぎた先に森が……。


「あ……れ?」


 森なんてないぞ。

 むしろ街だ。人間の街しかない。


 道を間違えたのかな?

 うーん、方角はあっているはずなんだけど。


「ごめん、ちょっと待ってて。えーっと」


「ううん、ついてるわ」


「へ? でも」


「ここ」


「街じゃん」


「うん、街。森じゃない」


 ハイラが顔を伏せた。

 目元が見えないように、深く、深く。


「でもここだったのよ」


 ポロポロと何かが落ちる。

 涙だ。

 鼻水をすすり、腕で涙を拭いだす。


「うそだろ……」


 森じゃない。

 大樹もない。

 家もない。


 他のエルフも、見当たらない。


 ハイラの故郷が、完全に人間の街に作り直されている。

 勘弁してくれ。

 さすがにこれは、胸糞が悪すぎる。


 ひとつくらい、人間の良いエピソードをくれよ。


「ハイラ……」


「よかった」


「え?」


「人間、滅んでよかった……」


「……」


「ざまあみろ!! ざまあみろ!!」


 目を真っ赤に腫らして、泣きじゃくりながら、ハイラは叫び続けた。

 きっと、人間にだって良い人はいる。それは間違いないだろう。


 人類の汚名返上に努めたいところだが、とてもそんな気にはなれない。


「そうだな」


 いまの俺にできるのは、薄っぺらな同情くらいだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 一旦車に戻って、ハイラが落ち着くのを待った。


「ごめんなさい、もう大丈夫よ」


「そっか。んじゃあ、他のエルフが住んでいる場所を探してみるか」


「どうだろう。発見したとしても、馴染めるかどうか。同じエルフでも、地域によって特性があるし」


「そうだったな。んー、なら、俺の知り合いの城に住むか?」


「知り合い?」


「魔法で作られた人形なんだけど、そいつも主人がいなくなって寂しがっているんだ。別に人間じゃないし、どうかな? ふかふかのベッドも、食料もあるぞ。たしか犬と猫もいたな」


 ラスプは究極のスーパーメイドだから、一緒にいればハイラの心も癒やされるだろう。

 面倒見が良いし。


「遠慮しておくわ」


「どうして?」


「きっとその子、人間が好きなんでしょう? 喧嘩になりそうだもの」


「そっか。なら妖精は? 知り合いの妖精も人間が嫌いなんだけど」


「妖精はうるさいから好きじゃない」


「あ、はい」


「しばらく、一緒にいて良いかしら?」


「別にいいけど……。でも、俺だって人間だぜ?」


「あなたは特別。なんだか、匂いが違うから」


 まあ、別の世界から来ているし。

 ここに放置するわけにもいかないし、同行させるか。


「じゃあハイラが安らげる場所を見つけるまで、一緒に旅をしようか」


「……うん」


 こうして、エルフの女の子ハイラが仲間になった……と思う。

 仲良くできればいいけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る