第36話 ロヲロヲ

「ミチコって子と会ってほしいんだ」


「……何故ですか?」


 驚愕で見開いていたエンフィーの瞳が、細く、澄んだ。

 冷静さを取り戻したのか。


「いやさ、この世界って人類が絶滅しているんだよ。で、俺とそのミチコちゃんは他の世界から来た、この世界でたった二人の人間。ぜひ紹介したくてさ」


「私と関係があるでしょうか」


 拒むな、頑なに。

 しょうがない、ちょっと強引だけど。


「アンフ、いいかな? お前も久々にミチコちゃんに会いたいだろ?」


「いいですねえ。よーし、行きましょう!! エンフィー、上司命令ですっ!!」


 アンフを利用して空気を作ってやった。

 こうなっては、会うしかないだろう。


 エンフィーは諦めたように、小さくため息をついた。


「わかりました。でも、どこにいるのでしょうか?」


「大丈夫、こいつを使うから」


 懐から飛翔石を取り出した。

 すると、


「飛翔石ですか」


「知ってるの!?」


「えぇ、だって……私が作りましたから」


 エンフィーがニコリと微笑む。

 こいつ、自分から明かしやがった。

 間違いない、エンフィーは、ロヲロヲだ。


「それを聞きたかったんでしょう?」


「……まあな」


「できれば過去は捨てたかったのですけれど、別に隠すつもりはないですし」


 アンフだけが事態を理解できず、キョロキョロと俺とロヲロヲの顔を交互に見やっていた。


「飛翔石を持っているということは、妖精たちに会ったのですね」


「あんたを捜すためにな。いろいろ聞きたい」


「構いませんよ」


「本当に、あんたが人類と魔王軍を消滅させたのか?」


 アンフが「えぇ!?」と驚く。

 ようやく状況を把握したようだ。


「そうですね」


「な、なんでそんなことしたんだよ!!」


「……神になりたくて」


「はぁ?」


 ロヲロヲが手をかざすと、彼女の足元に魔法陣が浮かび上がり、そこから椅子が出現した。

 俺と同じ力? いや、たぶん魔法で出したものか。


「天使でいる間は、まだ魔法が使えるようなんです。女神に昇格すれば、より高次元の力を使用できるみたいで、楽しみです」


「そんなことはどうでもいい。なんだよ、神になりたいって」


 ロヲロヲが椅子に座った。


「何百年と掛けて、この世界に常人には視認不可能な魔法陣を描きました。もともとは魔王軍だけを滅ぼして、世界を平和にするつもりだったんですよ」


「は?」


「でも、迷いが生じたのです。人間に加担すれば、人間の持つ『悪意』も膨れ上がる。他の種族への迫害や、自然破壊が増長されると。だから、もう世界に干渉するのはやめて、世捨て人になったのです。人と、人を襲う魔王軍の行く末を傍観するだけの存在に」


 そろりと、アンフが俺の側によった。

 若干警戒気味にエンフィーを見つめている。


「ですが何百年にも及ぶ人と魔王軍の戦いは、決して終わりが見えてこなかった。その間に何人も、いや何万人も死んでいった。うんざりでした。……そんなとき、私はミチコを拾ったのです」


「……」


「別の世界から来たミチコの存在は、私の常識を覆しました。そして知ったのです。あらゆる世界を管理する、神の存在を」


 おそらくミチコは、アンフのことを話したのだろう。


「それから私は、あらゆる遺跡や神話を研究し、天界について調べ上げました。そして決意したのです。こんなくだらない世界を捨てて、より高尚な世界の存在、神になろうと。……そして、事前に描いていた魔法陣を使って、全人類と魔王軍の魂を我が身に宿し、天使となる資質を得たのです」


「いかれてる。あんたがやってることは自分勝手な人殺しだ」


「そうでしょうか? なにも、この世界を滅ぼしたわけではありません。残されたか弱い生命たちは、あらたな生物ヒエラルキーを構築し、発展していくことでしょう。むしろ、破壊と殺戮しか能のない病原菌を駆除したのですから、感謝してほしいですね」


「神になったつもりかよ」


「だからなるんですよ、神に」


「あんたが作ったラスプは、主人がいなくなって寂しい思いをしているんだぞ。ドワーフたちだって……」


「いずれ忘れますよ、人間なんて」


「ふざけんな!!」


「それとも、いた方が良いと本気で思いますか? 人間が」


「……」


 言葉が詰まってしまった。

 エルフのハイラが受けた仕打ちや、妖精タトンの怒りが記憶から蘇る。


「ほらね」


「なにがほらねだ。あんた結局、この世界を捨てたんだ。自分がやった始末の責任も取らずにどっか行きやがって。お前みたいなやつを、このまま女神になんかさせない」


「……」


「なんとか言えよ!!」


「ふふふ、どうやら、あなたを排除しないと、本当にこの世界とはおさらばできないようですね」


 やる気かよ。

 いいぜ、相手になってやる。

 偉大な魔法使いだか天使だか知らねえけど、後悔させてやる。

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