第37話 決断

 ロヲロヲが手をかざすと、彼女の周囲に六つの黒い球が出現した。

 球はそれぞれ自立して俺を取り囲み、ビームを発射してくる。


「くっ」


 側にいたアンフを抱えて、思いっきり魔力を放出する。

 勢いでビームは弾かれ、俺はさらに距離をとってアンフを降ろした。


「危ないからここにいろ」


「え!? なんかヤバいですよあいつ!!」


「先輩がヤバいからな、後輩もヤバくなる」


「どういう意味ですかそれーっ!!」


 今度は俺から攻める。

 足に魔力を集めて、一気に解放。


 超高速でロヲロヲに接近し、拳を構える。


「戦闘経験が皆無のようですね」


 突如空中に出現した魔法陣が、壁のように俺の行方を塞いだ。


「ちっ」


 さすがは魔法使い。

 臨機応変に対応するのかよ。


 でも、手数なら、俺も負けちゃいない。


「消化器召喚!!」


「??」


 手当たり次第に煙を撒く。

 よし、視界を封じたぞ。


「ほう、それがアンフ様からもらった神の力ですか」


 こんな煙、きっと魔法で払うはず。

 構わない。これは単なる時間稼ぎだ。


 跳躍し、空へ飛ぶ。


 案の定、ロヲロヲは風を巻き起こし煙を払った。


「どこですか?」


 上空にいる俺に気づいていない。

 いまだ。


「閃光弾召喚!!」


 くらいやがれ化学兵器の力を。


 余っていた食用スライムの一部を耳に入れて、閃光弾をロヲロヲに向けて発射する。

 直後、俺は腕で視界を封じた。


 着地のタイミングで目を開けて、足をつける。


 ロヲロヲといえば……ぼーっと一点を見つめて硬直していた。

 喰らったな、強烈な音と光の攻撃を。


「だれが戦闘経験皆無だ、スクランさんに仕込まれてんだよ」


 しかし凄いな、こいつ。

 普通なら泡吹いて気絶しててもおかしくないのに。


「テーザー銃召喚」


 アメリカで使われている、非殺傷武器だ。

 弾ではなく針を打ち込み、スタンガンのように電流を流し込むのだ。


「終わりだ!!」


 テーザー銃でロヲロヲを痺れさせる。

 ロヲロヲが地に伏した。


 た、倒した。

 ロヲロヲを。


 よし、よし!!


「スクランの弟子でしたか」


「え!?」


 まだ意識があるのかよ。

 これも魔法か!?


「その割には甘いですね。殺意がないから様子を見てみれば……。小技を連発したところで決定打にはなりませんよ? 私には」


 確かに、テーザー銃ではなくピストルを撃てば、殺していたかもしれない。

 だからやらなかったんだ。


「こっちはあなたを殺そうとしているんですから、そっちも殺す気で挑まないと。だから戦闘経験が皆無だと言っているんです」


「なにを……」


「ふふ」


 瞬間、俺の周囲に無数の魔法陣が出現する。


「なっ!?」


 さらに魔法陣から鎖が放出され、俺を縛り上げた。


「くっ」


 ダメだ、ピクリとも動かねえ。

 ロヲロヲが立ち上がる。


「形勢逆転、ですね」


「くそっ」


 負けた!!


「消えなさい。この世界で生きた、忌まわしい記憶と共に」


 殺される。

 そう覚悟したとき、


「やめなさい!!」


 俺とロヲロヲの位置が、入れ替わった。

 な、なんだ? 俺の代わりにロヲロヲが鎖で縛られている。


 ロヲロヲも動揺しているようで、目を丸くしていた。


「私の鎖が消えない? まさか」


 アンフが、険しい顔で近づいてきた。


「私の恋人候補を殺すんじゃありません!! 天使のくせに!!」


 これ、アンフがやったのか?

 俺とロヲロヲの位置を変え、しかも彼女の魔法の鎖を、操っているのか?


「大丈夫ですかソウジさん」


「う、うん……。凄いんだな、お前」


「ったりまえじゃないですか!! 女神ですよこちとら。ははははあ!!」


 そういえば、以前スクランさんが言っていたな。

 本気で勝負すれば、女神には勝てないって。


 ロヲロヲは諦めたかのように、薄く笑って力を抜いた。


「魔法も封じられたようですね……。申し訳ございませんでした、アンフ様」


「新人天使のくせに生意気ですよっ!!」


 この世界で最も偉大とされる魔法使いをこうも容易く。

 もう、あんまりアンフを怒らせないようにしよ。


「はぁ、今度こそ終わったか」


 どうにかロヲロヲを捕縛することができた。

 こいつが何をしようと、アンフが俺の味方でいる以上平気だろう。


 立場上、ロヲロヲはアンフを攻撃できないだろうし。

 ってアンフ頼みな感じ、なんかすっげーかっこ悪いな、俺。


「で、どうしたいんですか? ソウジくん、でしたっけ」


「天使なんて辞めて、この世界を上手いこと管理していけよ。お前がめちゃくちゃにしたんだから。……人がいなくなって困っている生き物を助けて、悪さするやつを諌めてさ」


「天使を辞めるなんてできませんよ。それに、いいんですか?」


「なにが」


「このままで」


「じゃあ、戻せるのかよ、人類を」


 そういえば、すべての人と魔王軍を吸収したとか言っていたな。

 それで天使となれる素質を得たとか。

 なら、可能なのか。


「嫌ですね。天使でいられなくなるので」


「そこまで天使でいたいのか」


「欲にまみれた世界にいたくないのです。天界には一切が争いがない」


 負けたくせに自分のペースで話を進めるなよ。

 とはいえ、俺に決定権はない。


「じゃあ、一つ教えてくれ」


「なにを?」


「なんで、大妖精様に飛翔石を渡したんだ」


「……」


「人類が危機に瀕したとき、平和のために戦う者に渡せ。なんて、まるでこの状況を予感していたみたいじゃないか。あんたが天使になる直前なんだろ? 大妖精様に石を渡したの」


「そうでしたっけ」


「本当は、俺みたいなのが現れるのを心のどこかで待っていたんじゃないか」


 でないと、説明がつかない。

 こいつは人が嫌いと言いながら、人に尽くしている部分がある。


 ミチコもそう口にしていた。ときどき人を助けていると。

 ラスプを生み出したのだって、城の主人のためだろう。


「自分の行いが正しいのかどうか、判断したかったんだ。罪悪感を覚えているから。そしてあんたは、俺たちに負けた」


「なにが言いたいんですか」


 ここからが本題だ。

 本当に人類をもとに戻すのか。


 結局、決められないままだ。

 人が帰るのを待ち望んでいるやつらがいる。

 人に苦しめられたやつらもいる。


 どっちがいい。

 どっちが正しいんだ。


 ロヲロヲがクククと喉を鳴らした。


「一応補足しておきますけど、人類だけを戻すなんてできません。魔王軍も復活し、また戦争がはじまりますよ。人外を獣同然として扱うような、心汚い人間だって復活するのです」


 いちいち癇に障るやろうだな。

 やはりこのままにすべきなのだろうか。


 でも、ラスプをずっと孤独にするのは可哀想だ。

 ペコンたちドワーフだって……。









 よし。


「アンフ」


「なんですか?」


「お前さ……俺がどっちを選んでも、いつもみたいに会いに来てくれる?」


「な、なんですかいきなり!!」


「毎回あしらっていたけど、実は結構楽しいんだよ、お前と話すの」


 アンフの顔がみるみる赤くなっていく。

 照れるとかあるんだ。


「し、仕方ないですねー。好感度低いですけど、この世界に飛ばしちゃった責任がありますからぁ? 何度でも遊びに来てあげますよ」


「よかった。孤独は辛いからな」


「でも、なんでいきなりそんなことを?」


 決心がついたからだ。

 そして、覚悟も。


 幸せを取り戻し、不幸を退ける。

 世界中を飛び回って、ロヲロヲとは違うやり方で欲望と憎しみの連鎖を断ち切るんだ。

 俺には、それができるだけの力があるはずだから。


「ロヲロヲ」


「なんですか」


「お前は俺に負けた。だから俺に従ってもらう。無理だと断るなら、上司であるアンフやマヤハちゃんに頼み込んで天使を辞めさせる」


「……」


「戻そうぜ。あんたが嫌いでも憎みきれない、人間を」

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