第14話 vsオーク
オーク。
三メートルはある巨大な筋肉の塊。
アンフから授かった、『種族と特性を判別する目』の力で、おおよそのことは読み取れる。
毒はない。手に持った棍棒を力任せに振るって攻撃するわけだが、子供のオークですら木を薙ぎ倒せる腕力がある。
なにより、やつは肉食。
食えるものならなんだって食うのだ。
実際、
「うわっ」
オークの左手には、先ほどまで食べていたであろう草食動物の死体が握られていた。
オークがヒクヒクと、俺たちの匂いを嗅いだ。
嗅覚だって人間以上だ。
「大妖精さま、オークの狙いはたぶん俺だ。離れてくれ」
「いえ、オークは妖精すら食します。さながら、食後のデザートにでもするつもりでしょう」
「え!?」
「しかし、妖精とて決して無力ではございません。……みなさん!! 妖精魔法を使いますよ!!」
と指示したものの。
「ようせいまほう?」
タトン一同、首を傾げていた。
「お、教えたじゃありませんか。妖精の戦う術です。特にタトン、あなた得意でしたでしょう?」
「あー、えーっと、長いこと使ってないから忘れちゃったよ!! 大妖精さま!!」
「なんですって!?」
「だ、だって人間に反抗すると倍返しされるから使えないし、他に天敵もいないし……」
「なんてことです……」
人間が自然に手を加えた弊害だな。
若い妖精は反発心こそあれど、戦争を仕掛けたら殺されるのがわかっているから攻撃しない。
そして人間のせいで他の肉食動物がいなくなり、完全に牙を抜かれたんだ。
無意識に飼い慣らされたようなもんだ。
「仕方ありません。私が戦います。妖精魔法・キルキルデスキルビーム!!」
だっさ。
自慢のビームはオークに直撃したものの、怯んだ程度でまるで効いていない。
「うぅ、久しぶりなもので、うまく発動できませんでした」
あんたもたいがいだな。
下手に攻撃をされ、オークは咆哮を上げながら突っ込んできた。
これはまずい。
「俺がやります!! ピストル召喚!!!!」
五発の弾丸を打ち込んでやる。
が、オークは怯むどころかまったく止まる気配すらない。
ていうか、筋肉で弾がはじかれている!!
「マジか!? みんな散れ!!」
妖精たちが一目散に逃げていく。
「くそっ、花が汚れちまうが。……消化器召喚!!」
さっそく噴射し、煙で視界を防いだ。
オークは動揺し、立ち止まっては叫びながらブンブンと棍棒を振っている。
なんでわかるのかって?
棍棒で風を切る音が聞こえるからだよ。
煙は風ですぐに晴れてしまうだろうが、時間稼ぎにはなる。
さて、どうする。
ぶっちゃけめちゃくちゃ怖い。
これまで、俺はか弱い動物しか狩ってこなかった。
つまり、ガチンコのバトルはこれがはじめてなんだ。
車で衝突するか。
いや、下手したら止められてひっくり返される。
なら……。
「映画でよくみるやつ、やるか。……手榴弾召喚!!」
使い方は知っている。
ゲームやドラマで何度も見ているから。
煙が晴れていく。
オークが俺を発見する。
「来やがれデブ!!」
言葉は通じてないだろうが、オークは怒りのままに叫んだ。
「いまだ!!」
ピンを抜いて、オークの口へ手榴弾を投げ込んだ。
「!?」
「悪いけど、終わってくれ!!」
パン、と乾いた音が鳴ると同時、オークの頭部が木っ端微塵に吹き飛んだ。
巨体はバランスを失い、後ろへと倒れていく。
「な、なんとかなった……」
気がつけば、辺りに散布されていた消化器の粉は消えていた。
あれも召喚された物質だから、手榴弾を召喚したときに消えたのか。
しかし飛び散った血や骨で、せっかくの美しい花畑が台無しだ。
こりゃタトンや大妖精さまに怒られるな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「すごいじゃない!!」
戻ってきたタトンが、開口一番俺を褒めてくれた。
「や、でも花が……」
「雨で綺麗になるわよ、これくらい。私見直しちゃった。人間にも、良い奴がいるもんね。助けてくれてありがと」
「それほどでも」
大妖精さまは、オークの死体を目にして、ポカンと口を開けていた。
「い、いったいどうやって、こんな倒し方を……」
「えーと、まあ、『人間の業』ってやつを使いまして」
殺戮兵器を使用しました。とは言えねえな。
大妖精さまは俯くと、意を決したように頷いた。
「これもロヲロヲ様のお導きなのでしょうか」
「へ?」
「少し待っていてください」
大妖精さまはどこかへ消えると、手のひらサイズの黄色い球を持って戻ってきた。
「それは?」
「飛翔石です。一度足を踏み入れた場所へ、瞬間移動できるようになります。これを、あなたに授けましょう」
「いいんですか!?」
かなり便利だぞ、それ。
「これはロヲロヲ様より預かっていた物なのです。『もし、人類が危機に瀕し、それでも尚、平和のために戦う者がいたのなら、その人に渡して欲しい』と」
それが、俺?
平和のためにってか、自分と妖精たちの安全のために戦っただけなんだけど。
けど、貰えるなら貰っとくか。
「これはロヲロヲ様に従って渡した物。私たちの恩は、まだ返していません」
「いやいや、別にそこまで……」
「話しましょう。ロヲロヲ様のことを」
「っ……」
大妖精さまが語り出す。
ロヲロヲさんは、二〇〇〇年の時を生きる大魔法使い。
数々の変身魔法を用いて時代を生き延びて来たため、本人すら本当の顔や性別を忘れているらしい。
ちょうど二年前、ロヲロヲさんはこの森を訪れて、飛翔石を大妖精さまに渡した。
その後、アルエース大陸へ渡ったとか。
「お話できるのは、これくらいです」
「ありがとうございます。では、俺はこれで」
「旅のご無事をお祈りしております」
「……あなた方は、これからもここに?」
「えぇ。いまはここが故郷ですから」
「でも」
たぶん、またオークは来る。
もっと凶暴なモンスターだって住み着くかもしれない。
「若い子たちを鍛えますよ。妖精は本来、強かなな生き物ですから」
伊達に小さい体で何百年も生きてないってか。
「もし、それで死ぬようなことがあれば、それは自然の摂理ですから」
人間が介入しない、自然本来の姿。
本当のヒエラルキー。
そうか。大妖精さまは覚悟しているんだ。人間がいなくなった利点と欠点を。
タトンが俺の顔面に抱きついた。
「行かないでよソウタ!!」
「ソウジだ!! 人間は嫌いなんじゃなかったのか?」
「だってソウジ強いし、宝石もくれるじゃない」
「おいおい」
調子の良いやつ。
「会いにくるよ。飛翔石があるしな」
「ほんと!?」
「あぁ。そんときゃ、また綺麗な宝石をプレゼントする」
「やったあ!! ソウジ大好き!!」
「へいへい。代わりに、しっかり妖精魔法を覚えるんだぞ。オークぐらい、倒せるようになっておけよ」
「はーい」
ホントにわかってんのか?
なにはともあれ、俺は飛翔石とロヲロヲさんの情報を得て、森をあとにした。
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