第5話 さみしい夜だから

 アンフは用意した服をそそくさと着ると、キリッと俺を睨みつけた。


「と、とにかく、無闇やたらに私を召喚しないでください。私にだってプライベートの時間があるんですから」


「わ、悪い」


「で、なんで呼んだんですか?」


「なんでって…………たから」


「はい?」


 う、言葉にするのはめちゃくちゃ恥ずかしい。


「寂しかったから」


 アンフはニヤァと薄気味悪い笑みを浮かべて、頷いた。


「しょうがないですよね、この世界にひとりですから」


「誰のせいだよ」


「私とお喋りしたい気持ちはわかりますが、まだ好感度低いですからねえ。3分、ってとこでしょうか」


 相変わらずクソムカつく。

 これからも無闇やたらに召喚しまくってやる。


「ちなみに私は誘い受けなので、万が一にも好感度がカンストした際は、そこんとこよろしくお願いします」


「知らねえよ」


 プライベートうんぬん言うくせに性癖暴露するな。


「てかさアンフ。なんでこの世界から人が消えたわけ?」


「さあ?」


「さあ、って。女神パワーで調べられないのかよ。時を遡るとかさ」


「と、とととと、時を遡るううう?? タイムトラベルは科学的に不可能だって偉い学者さんが断言したの知らないんですかぁ??」


 女神が科学的に不可能とか言うな。


「お前の仲間は調べてないのかよ。女神はお前だけじゃないんだろう?」


「あー、彼女たちは自分が管理している世界しか興味ないですから」


「世界ってそんなにあるのか。じゃあ、上司的な存在から、調査しろとか指示されないの?」


「されてはいますけど……」


「いますけど?」


「ぶっちゃけ、人類が滅亡するなんてよくあることなので」


 上司も真剣じゃないってことかよ。

 じゃあ管理ってなにをどう管理するんだか。


 問い詰めても、しょうがないか。


「ならソウジさんが調べてはどうです? 暇でしょ?」


「お前と同じくらい暇だろうな」


「失礼な。……じゃあ頼みましたよ」


「まあ、他にやることもないし」


 こんな世界じゃ、のんびりスローライフなんて無理だしな。

 異世界に来たからには、世界を救う冒険したり、スローライフしたり、ざまぁしたり、ハーレム築いちゃったりを期待してたのに、いざ蓋を開けてみればコレ。


 やんなるなー。


「あ、そういえば朗報です」


「ん?」


「実は、ソウジさんよりも前に、私がこの世界に送った女の子がいるんです」


「現世からってこと?」


「はい。なんとその子、生きてます」


「え!! どこにいんの!?」


「さあ?」


「またかよ!! なんでわかんねえんだよ、俺んとこにはすぐ来たくせに」


「あのときは、飛ばした地点からさほど動いていなかったので」


「じゃあ、なんで生きてるって知ってんの?」


「わかるんですよ。飛ばした人の生死は。これでも、管理者なので」


 自慢げに、アンフは自分の胸を揉んだ。

 そこはドンと叩くもんだろ。


 まだムラムラしてたのかよ。


「ついでにその子を探したらどうですか?」


「そうだな。どんな子なの?」


「ふっふっふ、会ってからのお楽しみです」


「お前ってやつはさあ!!」


「まあまあ、期待していいですよ。可愛い子ですから」


 だったら嬉しいが。

 でもなー、女の子と2人っきりって気まずいだろ。


 絶対警戒されるじゃん。

 めっちゃ性格悪い女だったら最悪だし。


 こいつみたく!!


「さて、話すことは以上です」


「ん」


「……」


「……」


「……」


「ん?」


「ん? じゃないです。ソウジさんが召喚したんですから、ソウジさんの意思で消してくれないと、私帰れません」


「あそっか。悪い。んー」


「どうしたんですか?」


「もうちょっとだけ喋ろうぜ」


「え!?」


 だって、数日ぶりの会話なんだぜ?

 もう少し堪能したいじゃん。

 相手がこいつでも。


「くすくす、おやおやあ? ソウジさんってば案外可愛いところあるじゃないですか」


「うるせ」


「しょうがないですねー。とはいえ、特に話すことも……ダンスでもします?」


「むりむり。ダンスなんてしたことないし、リズムに合わせて肩揺らすくらいしかできないよ」


「充分じゃないですか。天上界ではダンスが一番のコミュニケーション。上手い下手は関係ないのです」


 だからってダンスかよ。そんなテンションには慣れねえって。


「そういえば、ソウジさんならとっくに気づいていると思うんですけど」


「なにがよ」


「アルコールは腐らないんですよ」


「……」


「腐らないんですよ」


 なに言ってやがるこいつ。

 酒なんか飲むかよ。

 まだ俺は未成年だぞ。


 お酒は二十歳になってからってのが社会のルールだっつーの。


「この家にあるんじゃないですか? 探せばありますよ」


「そんなの、バレたら警察に捕まるし、親も泣くわ」


「警察も親もいないじゃないですか」


「いやでもさ、こう、なんていうか、倫理観というか、道徳心というか、酒に頼るようになったら怖いし」


「頼ってなにが悪いんですか? 大人はみんな毎日頼ってますよ」


 あ、いま確信しました。

 こいつは女神じゃねえ、悪魔だ。


「でも……」


「踊りましょうよ、お酒を飲んでパーっと愉快に」


「……」


 現世を生きる若者たちよ、絶対に真似しちゃダメだぞ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おらおら!! もっと腕動かして踊れえい!!」


「ははーっ!! 楽しいですーっ!!」


「くっそー、音楽が欲しくなるぜー」


「私が歌いますよ。おーいえいはっぴー」


「ぎゃはは!! めっちゃ下手じゃん。てか踊ってるお前、なんかエロいな」


「ダンスしている女性に性的興奮を覚える性癖なんですかーっ!! はははあーっ!!」


「よーし、セックスごっこだ!! セックスごっこしようぜ!!」


「がはは!! なんですかそれーっ!! ほーれほれほれ」


「うほおおおお!!!!」


「ごっこですよ、あくまでごっこですよ!!」


「朝まで宴だああああっ!!」





 翌朝、気づいたらアンフは消えていた。

 恥ずかしくなるくらいはしゃいでしまった。


「気持ち悪い」


 なんだよセックスごっこって。

 意味わかんねえよ。


「あー、しんど」


 もう二度としない。

 二度と酒は飲まない。

 そう、俺は固く誓ったのだった。




 でも、楽しかったな。

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