第2話 女神アンフちゃん

「な、なんで……」


 ボウボウと燃え上がる村を、俺は遠くから呆然と眺めていた。

 ありえない。理解できない。

 雷が落ちたわけでもあるまいに。


「な、なんで燃えてるんだよ!! 火事が起こるような原因なんかないはずだろ!?」


 だって人がいないのだから。

 火災の原因のほとんどは人が関係している。

 俺は火を使ってないわけだし、火事になる道理はないはずだ。


「だれか生きていて、燃やしたのか? じゃなきゃ……あ!!」


 違う。違う違う違う。

 確かに現在、人はいない。

 でも、いたんだ。俺が異世界に来る直前まで。


「まさか……うそだろ……」


 暖炉に火が灯っていた。

 つまり、先ほどまで村の人たちは生活していたんだ。


 なら、あり得る。

 料理の途中だった家とか、なんかの都合で火を使っていたとか。


 火の不始末は、充分にあり得る!!


「終わった……」


 火は完全に村を覆っている。

 なにもかも燃やし尽くすだろう。


「う、この匂い……」


 香ばしい香り。

 焼かれた肉の匂い。


 家も、家畜も、焼失していく。

 俺はただ、それを黙って見つめることしかできなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 あれから何時間経ったのだろう。

 体育座りでぼーっと村の焼滅を眺めていると、雨が降ってきた。


 これで火が収まってくれるといいのだが。


「収まったところで、だけど」


 お腹、空いてきたな。

 魚を生で食うわけにもいかないし、リュックに詰め込んだパンを食べよう。


「……硬い」


 味もしない。

 最悪。なにもかも最悪。

 いっそ殺してくれ。


 そんなふうに不貞腐れていると、


「あちゃー、これは困りましたね」


 背後に、女神様が立っていた。


「うわあああああ!!!! なんでいるの!?」


「さすがに心配だったので、様子を見にきちゃいました」


 心配だったのでって、お前がこの世界によこしたんだろうが。


「な、なあ、いまからでも別の世界に行けないの?」


「無理ですねー」


「ざけんなよ!! こうなることくらいわかってただろ!!」


「だから責めてものお詫びに、こうして頭を下げに来たんじゃないですか」


「はあ?」


「ごめんなさいでした」


 ぺこりと、女神が頭を下げた。

 文字通り、頭を下げたのだ。


「とりあえず、他の村を探した方がいいですよ」


「わかってるっつーの。もちろん、あんたも同行すんだろうな。女神パワーで助けてくれるんだろ?」


「……」


「なに」


「私には帰るべき家があるので」


「こいつッッ!!」


 お、女をぶん殴りたいと思ったのは生まれて初めてだ。


「ですが、定期的にサポートすることはできます」


「サポートって?」


「寂しい時の話し相手とか」


「うん」


「……」


「終わりかよ!!」


「冗談ですよ。ふふふは」


 ムカつく、こいつ。

 他人事だと思って。


「私の力にも限界がありますが、とりあえずこれくらいは」


 と言いつつ、女神が俺の頭に触れた。

 瞬間、俺の意識が数秒途絶えた。


「な、なにしたんだ?」


「あなたが釣った魚を見てください」


「うん……」


「名前、わかりますか?」


「あぁ、モージ3匹にホポ2匹だろ? あれ?」


「ふふふ、そうです。あなたに『この世界の生き物の知識』を授けました」


 名前だけじゃない、毒の有無すらわかる。

 これは確かに、かなり便利。


「というわけで、私はこの辺で」


「もう帰るのかよ」


「うーん、もっとお話ししたいなら好感度上げないとですねぇ」


「さっさと帰れ」


「はははあ!! ではまた会いましょう、八神ソウジさん」


「あんたの名前は?」


「アンフです」


 そう言って、アンフは空へと浮かび、飛び去ってしまった。


 これからどうしよう。

 さすがに、行動しないと。


「探そう。別の村」


 俺はまた自転車を召喚して、ペダルを漕ぎ始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る