第8話 何年経っても

 いまさらになって気づいたのだが、俺はこの世界の文字が読める。

 本当に意識していなかった。

 これまで地図や看板の文字がまるで日本語のようにすんなり頭に入ってくるもんだから、本を開くまで気にも留めなかった。


 たぶん、アンフのやつが気を利かせてくれたのだろう。



 それで、何冊かの児童向け教育書やら、新聞の切り抜きなんかを読んで、ある程度この世界について理解できた。


 まず、俺がいるのは七大陸の内の一つにある、レハー国南東の街。

 城主ダホンが治める領土だ。


 レハー国は大きく、トップクラスの軍事力を持っていたらしい。


「アルエース大陸は魔物の国があり、代々魔王が世襲制で治めている、か」


 魔物=モンスター。

 この街にいたゴブリンなんかが、その魔物とやらだ。


 魔王軍と人間は長らく武力衝突が絶えず、近年、軍の要である魔法使いの数が減少しておりやや劣勢とのこと。


 だが、そんなピンチのなか、勇者率いるパーティーが奮起。各地の上級モンスターを倒して回っているらしい。


 まさに異世界ファンタジー。


「勇者さんは負けたのか? 人間がいなくなったのなら、魔王軍は一気にこの街まで侵略していそうだけど」


 この世界には人間と魔物以外にも、エルフやドワーフなどもいて、基本的には人間の味方なのだとか。


「うーん、普通に考えたら、魔王が人間を滅ぼしたってことになるよな……」


 魔王は強大な力を秘めている。

 膨大な魔力で、度々人間の軍を蹴散らしてきた、とのこと。


「情報収集は進んでいますか?」


 ラスプがお茶とサンドイッチを用意してくれた。

 サンドイッチ……うぅ、久しぶりのちゃんとした手料理だ。泣けてくる。


「ありがとう。まあまあ進んでいるよ」


 パクりとひとくち。


「え!? ツナマヨじゃん!!」


「自信作です」


「すっげー、めっちゃ美味いよ!! まさかこの世界でツナマヨが食えるなんて!!」


「サンドイッチコンテスト3年連続優勝していますので」


 ていうかツナはまだしも、マヨはどうやって作ったんだよ、異世界で。

 ま、まあいいや。こいつはスーパーメイドだからな、深く考えてもしょうがない。


「ちなみに昨年は……」


「わかったわかった。でさ、お前を作ったロヲロヲさんは、やっぱり軍人なの? 魔法使いは軍の要なんだろ?」


「いえ、ロヲロヲ様は偉大ですので、俗世の争い事とは無縁なのです」


「ふーん。仙人みたいになもんなのかな。そんなに凄いの? ロヲロヲさんは」


「史上最高の魔法使いです」


 こいつが言うと嘘くさく聞こえるな。


「ロヲロヲ様に不可能など、ございません」


「じゃあ、ロヲロヲさんは、いまもどこかにいると思う?」


「はい」


 即答かよ。

 確かに、そこまで偉大なら、ひとりだけ消えていないってのもありえるのかもな。


 まさか、ロヲロヲが人間を消してたりして。


「人を完全に消す魔法ってあるのか?」


「存じませんね。わたくし、魔法は専門外ですので」


「へー。究極のスーパーメイドなのに」


「かっ!!」


「ん?」


 な、なんだ!?

 ラスプのやつが目を大きく見開いて震えだしたぞ。


「ご、ごめん。冗談だよ冗談」


「こ……く……ふぇ……ピーーーッ!!」


 ああっ!!

 ラスプが泡吹いて倒れた!!


「わ、わたくしは、プライドを傷つけられると死んでしまうのです」


「繊細すぎるだろ!! わ、悪かった!! お前は凄いよ、天才!! スーパー過ぎる!! かっこいい!!」


「……ふぅ、なんとか一命を取り留めました。以後気をつけてください」


「あ、はい」


 魔法人形なのにそんな簡単に死ぬなよ……。


「魔法の種類が記載されている本ならありますが」


「ちょっと持ってきてくれる? ここにある本の情報、可能な限り持ち歩きたい」


「貸し出しは厳禁ですよ?」


「わかってる。……チェキ召喚」


 持ち歩けないなら、必要な箇所だけ写真にしてしまえばいい。

 俺がチェキを召喚すると、ラスプは「おぉ」と感嘆の声を漏らした。


「魔法使い様だったのですね」


「そんなんじゃないよ」


 パシャパシャと写真を撮っていく。

 世界地図。各国の特徴や危険なモンスターについて等々。


 画質はよろしくないし文字も小さくなるが、撮影すればすぐに現像されるので、こういうときチェキは便利だ。


「さて、だいたい調べたけど、これからどうするか」


 この城に残って、こいつと農業でもやるか。

 きっと穏やかで安定した日々が待っているんだろうな。


 でも一応、世界の謎を解いて、生き残っている女の子を捜すってアンフと約束しちゃったし、やるしかないか。


「ロヲロヲさんは、どこに行ったの?」


「ケティムへ向かうと仰っておりました」


「ケティムって……隣国だっけか。まだいるのかな」


「どうでしょう」


「ふーん」


 ロヲロヲさんは偉大だから消えていないかもしれない。

 確証なんかないけど、会ってみたい。もしまだ生きているのなら、なにか知っているはずだから。


「会いにいくよ」


「そうですか。どうぞご無事で」


 冷たいな。


「もし会えたなら、よろしく伝えておいてください。わたくしは毎日元気ですと」


 ラスプが寂しげに目を細めた。

 思い出に浸り懐かしむように、遠くを見つめている。

 なんだよ、感情ありまくりじゃん。


「なあ、よかったら一緒に行かないか? 二人なら出来ることも増えるし」


「……」


「無理にとは言わないよ。ただ、ぶっちゃけここに残っても、誰も帰らないと思う。世界に異常事態が発生してるのは、わかってるだろ?」


「そうですね。確かに独りというのは、わたくしでも寂しいものです」


「うん」


「ですが、わたくしは城主様の命令なしに外出ができないのです」


「え、でも……」


「誰も帰ってこないかもしれません。しかし、帰ってくるかもしれません。そうなったとき、誰が城主様方のお世話をするのですか」


「……そっか」


 そうだよな。

 いきなり人が消えたなら、いきなり人が戻るかもしれない。


 でも、それはいつだ。

 いつまで待つつもりなんだ。


 それまでずっと、独りで城にいるのか。


「お誘いいただき、ありがとうございます」


「いやいや。……本当に、いいのか?」


「はい。わたくしは待ちます。待ち続けます。一年経とうが、一〇年経とうが、一〇〇年、一〇〇〇年経っても待っています。わたくしは、究極のスーパーメイドですから」


「……わかった」


 なら、これ以上は言うまい。

 残念だけど、ラスプがそうしたいなら、尊重するまでだ。


「また来るよ。そのときにはもっと、お前の武勇伝聞かせてくれよ」


「かしこまりました。ちなみにツヨツヨサイキョウドラゴンと素手で戦い絶滅させたことがあります」


「嘘つけ」


「深海一万kmに生息する巨大タコをボコボコにしてたこ焼きを作りました」


「絶対嘘だ!!」


「事実です。究極のスーパーメイドですから」




 その後、俺は着替えと数日分の食料、よく切れるナイフを貰い、城を後にした。

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