第11話 地獄

 俺は卑怯者だと自覚している。

 問題から背を向けて、まるで最初から気づいてなかったかのように振る舞う卑怯者。


 それでも、ときにはきちんと向き合わなければならないときがある。





「いただきます」


 召喚した鍋で、仕留めた小動物と小魚の肉を煮る。

 適当な石で簡易的な窯を作り、中に枯葉や枝を入れて燃やす。


 あとは鍋を熱して、鍋料理の完成だ。


 生き物を殺した罪悪感に蝕まれながら、肉を咀嚼する。


「血抜きの方法、覚えないとな」


 完食後、俺は鍋を消して一丁の銃を取り出した。

 詳しくはないが、一般的なハンドガンだろう。


 俺はこの銃で、ウサギに似た動物を殺した。

 生きるために撃ったのだ。


「もう少し、射撃の練習しないと」


 夜になると車中泊をして、朝を迎える。


 異世界に来てから一六日目の朝だ。


「さて、いきますか」


 現在、俺はレハー国北西部あたりの草原にいる。

 さらに北上すれば国境を越え、ロヲロヲがいるであろうケティム国へ入る。


 が、そのまえにどこかの国で衣服の調達をしなくてはならない。


 ケティム国は平均気温が低い。

 夜は〇度近くまで下がるらしいのだ。


 上着と長靴、あと手袋は手に入れておきたい。


「街か……」


 俺が異世界に来て一六日。

 人がいなくなって一六日。


 街になんぞ、行きたくない。


「凍え死にたくもないけど」


 車を走らせてる。

 街へと近づく。

 ちらほらと、肝を冷やすようなものが地面に転がっていた。


 無惨に食い殺された犬の遺体だ。


 目を背けながら、俺は街に入った。

 木造と石造の家々が均等に建っていた。


 木造の方は、何軒か火災の跡があったが、運良く燃え広がっていないようだ。


「うっ!!」


 臭い。

 とても耐え難いような悪臭がする。


 車の窓を閉めてゆっくりと進んでいく。

 


「マジか……」


 道端で、ガリガリの犬が死んでいる犬の内臓を食っていた。

 もう、マトモな餌なんかないんだ。

 飼い主が消えて、食べ物も腐敗している。


 だから、あぁやって……。


 おそらく、街の外にいた犬たちも同じなのだろう。

 餌を求めて外に出たはいいが、仲間同士やモンスターに襲われて亡くなったんだ。


「くそっ」


 服屋の看板を発見した。

 息を止めて車から降りる。


 ダメだ、臭いが風に乗って、目まで痛くなってきた。


 急いで店の中に入る。


「うわっ」


 猫が二匹、死んでいた。

 窓や扉が完全に閉められていて、餌を探しに行くことすらできなかったのだろう。


 慌ててコートと手袋、それとこの街の地図を盗み、車に戻る。

 あとは、長靴。


 地図を見る限り、靴屋は街の奥。


「さいあく」


 街外れに牧場がある。

 思い出す。救えなかった家畜たちのことを。


 靴屋に到着し、頑丈な革製の長靴を盗んだ。

 車に戻ろう。


 そう、店から出た瞬間。


「わっ!!」


 強風が吹いて、思わず息を漏らしてしまった。

 必然的に、というか無意識に鼻で呼吸してしまう。


「うっ……」


 さっきより臭いが酷い。

 まるで肥溜めや生ゴミの中に放り込まれたみたいだ。


「っ!!」


 耐えきれず、俺は吐いた。

 気を失いそうなほどの悪臭。


 その大元の原因は、おそらくこの先の、牧場。


「あぁもう!!」


 どうなっているのか気にはなる。

 しかし見たくない。

 知りたくない。


 きっと頭から離れなくなる。


 俺は車に乗り込むと、全速力で街から逃げ出した。

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