第29話 もうひとりの日本人

 毎度の如く車を走らせる。

 助手席にはハイラを乗せて、とりあえず次の街を目指す。


 てか、ハイラが安心して暮らせるような場所なんて、見つかるのだろうか。


「っと、道が悪いな、このへん」


 荒野を真っ直ぐ進んでいく。

 それにしても、あちこち散らばっているのはなんだ?


 鎧、剣、たぶん白骨化した人の死体、得体の知れない大きな骨もあるけれど……魔物か?


 焼けた地面に突き刺さった矢。


 まさか、ここって……。


「戦場ね」


「やっぱり?」


「あそこ、巨大翼竜のミイラがあるでしょ? 翼竜は魔王軍の生物兵器なの」


「そうなんだ……」


 本当に戦争していたんだな、人間と魔王軍は。

 改めて実感する。


「ん、誰かいるな」


 もしかして人か?

 魔物の骨の側で蹲っているけれど。


 まあ人ではないんだろうが。


 そのまま車で近づいてみる。

 向こうもこちらに気づいた。


 振り返ったその顔は……。


「人間!?」


 人間の女の子の顔だった。

 黒い髪、黒い目。


 エルフみたいに尖った耳はない。

 おかしい、まさか人間に似てるだけの魔族か?

 スクランさんみたいに。


 もしくはラスプのような魔法人形。


 待てよ、もしやアンフが言っていた、もう一人の異世界転移者って……。

 少女はギョッと目を見開くと、


「うわああああ!!!!」


 一目散に逃げ出してしまった。

 くそっ、追いかけるしかない。


 こっちは車に乗ってんだぜ!!


「誘拐犯みたいだな、俺」


「ソウジ、あの子を誘拐するの?」


「しないよ!! てかハイラ、あいつエルフじゃないよな?」


「うん……。ソウジと同じ匂いがする」


「俺と?」


「人間なんだけど、少し変わった匂い」


「ってことは」


 黒髪と黒目、バリバリ日本人の特徴。

 間違いない、あの子がもう一人の転移者だ。


「そこの子!! ちょっと待ってくれ!! 俺も人間なんだ!! 君と同じ世界の!!!!」


「ひぃ!!」


 なんで悲鳴をあげるんだよ。

 どうあれ、もうすぐ追いつく。


 と思った矢先、


「ま、魔物召喚!!」


 少女が手をかざすと魔法陣が出現し、そこから何体もの魔物が飛び出してきたのだ。


 ゴブリン、オーク、ガーゴイル、スライム、エキドナ。

 みんな、俺に敵意を向けて襲いかかってくる。


「なにぃ!?」


 ちくしょう、ハイラまで巻き添えくらっちまう。

 俺は車を消すと、


「ハイラ、離れてろ」


 ピストルを召喚して立ち向かった。

 ゴブリン程度なら普通の弾丸でも倒せるけど、他はそうはいかない。


 それに、複数相手じゃ武が悪い。


「以前の俺なら、だけど」


 弾丸の威力は魔力操作で高めることができる。

 囲まれたって、周囲に魔力を放出すれば吹き飛ばすことも可能。


 召喚された魔物を、呆気なく倒していく。


 スクランさん、あんたの言う通りだったよ。

 結局物を言うのはシンプルなパワーだ。


「ひぇ〜」


 少女はグリフォンを出すと、背に乗って飛び立った。

 んだよ、これじゃまるで悪質なストーカーみたいじゃん。


 気が引けるけど、追いかけざるを得ない。


 足から魔力を放ち、思いっきり跳躍。

 そのままグリフォンの背中に着地した。


「お、お助け!!」


 マントで頭を隠して、少女は蹲った。


「あのさ、まず俺は敵じゃない」


「……」


「話だけでも聞いてよ、俺は君と同じ世界から来たんだ」


「……」


 まるで聞く耳持たず。


 あーもー。

 グリフォンの手綱を引いて、ハイラの近くへゆっくり降下する。


 さて、どうしたものか。

 女の子、まだ顔を隠しているよ。


「マジでさ、頼むよ。話を聞いてくれよ」


「……」


「せめて俺の顔を見てくれって」


「……」


「ったく」


 ハイラが近づいてきた。

 俺の苛立ちを察したようだが、目を細めて俺を睨んだ。


「女の子の扱いが雑」


「そ、そう?」


 ハイラが女の子の側によると、寄り添うように膝をついた。


「びっくりさせてごめんね。知らない人怖いよね。私もそう、人が怖いの」


「……」


「反応しなくていいから、私の話を聞いて。私はエルフのハイラ。そっちは人間のソウジ。どうして人がいなくなったのか、理由を知りたいんだって。私は……どこか安心できる場所を探してるわ。戦いとか、できないし。あなたと同じで人見知りだから」


 人見知り?

 人見知りってレベルじゃないだろこの子。

 拒絶反応というか、人間恐怖症の部類にしか見えない。


 女の子がハイラを見上げた。


「あ、あなたも人見知りなんですか?」


「そう。だからこうしてあなたと話すのも、緊張してるわ」


「……」


「ゆっくりでいいから、お話できる?」


 女の子は数秒悩むと、俺に視線をやった。


「お騒がせしてごめんなさい。私はミチコ。この世界の勇者をやっています」


「勇者? ミチコって……」


 日本人っぽい名前だ。

 間違いない。もう確実だ。


「俺は八神ソウジ。江東区出身」


「あ、近いですね。私は港区です」


「ってことは」


「はい、あの、日本人……です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る