第五章~⑧

 捜査本部でも言及されていたが、犯行現場は全て防犯カメラが設置されていなかった点から、土地勘があるかまたは事前にそうした場所を綿密に下見していたかのどちらかと見られていた。

 だが須依と佐々は、下見をしていたとしてもそれだけでなく、ネットを通じたハッキング等により、防犯カメラがどこにあるかの情報を得ていたのではないかと見立てていた。そうでなければ、東京のような街のあちこちに設置されている地域で、実行犯または怪しいとみられる人物を特定できないのはおかしい。そう主張していた。

 またどこにあるか知っていたからこそ、白杖を持ち目立つ秀介があたかも怪しく映るよう、意図的に仕掛けられたのだろうと指摘していたのだ。しかしそれでも絶対に把握できないものがある。目撃証言もその一つだが、最も有力な証拠として使えるのは、個人の所有するドライブレコーダーの映像だ。

 あおり運転によるトラブルが全国で問題となった影響もあり、今では搭載率が四割を超えているという。他には各家庭で設置された防犯カメラや、録画機能付きインターホンなどもある。物騒な世の中となったせいで、至る所に膨大な数の監視の目が存在し始めたのだ。  

 しかしその機能はまちまちなので、捉えられないまたは記録が消されている場合も多い。またかなりの数があり過ぎ、入手するにも限界がある。だが捜査員、特に的場の部下達による地道な努力により、なんとか発見できたのだ。

 それらを証拠として示すと、彼女は一気に顔色を変えた。ごく普通の人なら秀介のように黙秘を貫くのは困難である。しかも凶器が残されたのは、犯人がパニックを起こした結果とすれば、厳しい取調べに耐えられないかもしれない。

 須依がそう推測を立てたからこそ実行犯と目を付けた中で、彼女を一番に呼び出したのだ。その判断は正しかった。

 須依によれば、千鶴とやり取りをした際、どこか余裕さえ感じられたのは既に明日香が殺されており、かつ殺人を実行する前だったからという読みも当たっていた。嘘の証言をしていた点も含め、的場は激しく追及した。

 すると千鶴は観念したらしく、比較的早く自白し始めたのである。彼女は明日香を殺して貰った時点で、もう逃げられないと思ったという。それでも江盛が殺されたと聞き、実行を躊躇したようだ。

 しかし犯行に及んだのは、凶器が手元に届いた為だったらしい。もし予定通り浜谷理恵を殺さなければ、自分が連続殺人犯にされ捕まる。または江盛のように殺されるかもしれないと思ったそうだ。

 そうした証言を元に家宅捜索令状を取り、千鶴の部屋を徹底的に調べた所、目視出来ない程の僅かな血痕が付着した衣服を発見した。 

 彼女の説明によると、返り血を浴びないようビニールを被せるなど注意し、浜谷理恵を背後から刺したという。その後血が出なくなるまで待ち、刃物を抜く予定だった。

 けれど恐怖と他の人に見つかってはいけないとの怯えから、そのまま急いで現場を立ち去ったそうだ。現場近くに停めていた逃走用の車に乗り込み、服を全て着替え靴も履き替えてから、指示された通り全てを車と一緒に海へ沈めたという。その上現場に髪の毛等を落とさないよう、頭にネットも被っていたらしい。

 それでも素人がすることである。しかも人を殺すという異常行動をした後の為、完璧に成し遂げられなかったようだ。よって着替えた服に被害者の血痕が付着したのだろう。僅かに飛んだ血に触ったらしい。それを鑑識が発見したのである。

 そうした物証と供述から、新原千鶴は浜谷理恵の殺人容疑で逮捕された。さらに彼女が海に沈めたという車も引き上げられ、そこから事件当時着ていた服などの他に、スマートグラスやスマホが発見された。こうして第四の事件だけでなく、他の事件に関わるいくつかの証言や証拠も得られたのである。

 一時は迷宮入りかと危惧されていた事件に突破口を開いた的場や第五強行犯係の活躍は直ぐに本部から認められた。よって当初は千鶴の捜査だけに限定されていたが、そこから第二の事件の実行犯と目されていた華道の家元、薫の取調べについても任されたのだ。

 対面した的場は、早速質問をぶつけた。

「浜谷理恵さんを殺害した犯人、新原千鶴が逮捕されたのはご存じですよね。ところであなたは、彼女と面識がありますか」

「以前もどこかの捜査員が来られ、何十枚も写真や映像を見せられた際にお答えしましたがありません。ある訳ないじゃないですか。それにあなた達も調べたのではないのですか」

 捜査本部に隠れ、佐々がCS本部の部下に調べさせた時の話だろう。反抗的な態度を取っていても、的場は内心怯えている様子が手に取るように分かった。

「はい。それなら何故、あなたが憎んでいた浜谷理恵さんを、面識もなく関係のない新原千鶴が殺害したのでしょう」

「知りませんよ。確か理恵は、連続殺人犯に殺されたと言われていましたよね。だったらその女性が、他の人を殺したついでにやったんじゃないのですか」

「いいえ、違います。彼女は第二の事件、手嶋由美さんが殺された時、明らかなアリバイがありました。その為四人とも殺す事は不可能です。ところであなたは由美さんが殺された日、確か華道教室が休みでアリバイは証明できなかったと聞いています。改めてお伺いしますが、その日の夜七時頃はどこにいらっしゃいましたか」

「これも以前言ったように、車で外出していました。ぶらぶらとドライブしていただけで、どこをどう走ったかなんて覚えていません。警察でも調べたはずでしょう。車につけたナビは任意提出しましたよね。でも走行履歴が上書きされ分からなかったと聞きましたけど」

「その通りです。ただ第一の事件、新原千鶴さんが殺したいほど憎んでいた娘の明日香さんが殺された日は、夜中でしたけど泊まり込みのお弟子さんがいらっしゃったようですね」

「曽根さんですね。私の姿を直接見ていないけれど、あの日の夜は外出していないはずだと証言してくれたと聞いています。あんな時間にこっそり家を出たら、さすがに彼女も気が付くでしょう。家は古い木造ですから、歩けばそれなりに音がします。防犯カメラも作動しているし、映らないで抜け出すのは至難の業です」

「そうでしたね。ただ以前お話を伺った時、捜査本部では四つの事件が連続殺人事件だと考え、同一犯によるものだという思い込みがありました。ですからアリバイがある方は、容疑者から外されていました。あなたは浜谷理恵さんが殺された日にも、しっかりとしたアリバイがありましたからね」

「当然です。いくら彼女を憎んでいたからといって、殺すほどではありません。私を裏切り不倫していた件が許せなかったのは確かです。だから二人に慰謝料を請求していました。でも全く見知らぬ人に殺されてしまったのでは、この怒りをどこにぶつけていいのか」

 そう答えていたが、的場は話を戻した。

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