第四章~① 第四の事件

 四人目の被害者は、浜谷はまや理恵りえという出版社に勤務する編集者だった。二十時に会社を退社した後、同僚の女性と二人で居酒屋に入ったという。夕食を兼ねてお酒も少し飲んでいたらしい。

 それから二十二時に店を出て別れ、一人で地下鉄に乗り最寄り駅で下車していた。そこから自宅マンションまで徒歩十分の道のりを歩いている途中、住宅街の中にある公園に差し掛かった際、背後から襲われたようだ。

 死亡推定時刻は駅で降りた時間と、自宅までの距離から考え二十三時前後と見られている。これまでの事件と同じく背中を刃物で刺されチラシも置かれており、現場周辺に防犯カメラが無かった点も共通していた。

 だが大きく違った点もある。というのも今回は凶器である刃物が残されていたという。また傷口は一つだがやや刺さりも甘かったらしい。よって痛がった被害者が暴れたことにより外れたようだ。

 その為死因はこれまでと同じく刺し傷による失血性ショック死だったが、出血量は最も多かった。被害者はその場で相当苦しんだ挙句、死亡したと思われる。

 また凶器を調べると、微量だが前の三件の被害者の血液が採取された。そこで四件の事件で使用されたものと断定されたのだ。結果同じ犯人に四人、しかも二カ月弱の間で殺されたと世間は騒ぎ、事件を解決できない警察に非難が集中した。

 ここで懸念していた一つが秀介のアリバイだった。彼はその時間、自宅近くのコンビニに立ち寄っていた事が防犯カメラで確認された。さらに葵水木も前回同様、勤めている介護施設の夜勤に入っており、仕事をしていたという。

 いつもの場所で的場と接触した須依は、彼に尋ねた。

「本当に今回の事件も、前の三件と関係があるのね」

「まず間違いなく連続殺人と思われます。警察はあくまでコロナ禍におけるマナーの啓蒙チラシ、としか公表していないでしょう。ああいう類のものは、何種類かあります。具体的にどのチラシを使ったかは、警察関係者以外だと犯人しか知り得ない情報です。それに須依さん達も知らない秘密の暴露は、他にもありますからね」

「だったらこれで秀介君は完全に容疑者から外れるんじゃない。最初の二つの事件が起こった時、現場近くの防犯カメラに映っていたのは偶然だったのね」

「そのようです。ただ任意の事情聴取の際、あいつが葵水木との関係を黙秘していた理由がまだしっくりしません。捜査本部では余りその点は問題視されていませんが、個人的には引っかかっています」

 安堵しながらも、捜査を混乱させた弟に思うところがあるのだろう。しかも被害者がさらに増えたことで、彼は素直に喜べないといった様子だった。

 これには須依も溜息をつきたくなった。葵との関係は明らかになっているのに、本人が何も語りたがらない理由はある程度理解できる。だがそれしても、やや不自然に感じたのは確かだ。

 といってアリバイ等があることから、黙秘は性的介助を利用し、好意を抱いていた葵との関係を隠す目的だったとしか思えない。

 そこで励ますように言った。

「最初は疑われ、葵水木の存在が浮上したせいで共犯説も出たけど、三件目以外はアリバイが成立していたんだから問題ないでしょう。それより四件も事件が起これば、必ず防犯カメラなどで共通の人物がどこかに映っているはずよ。秀介君が疑われたように、犯行時刻より外れた時間帯だって調べているでしょう。何も出てこないの」

「はい。これといってまだ発見されていません」

「それぞれの事件における関係者達のアリバイは、これまで調べていたはずよね。だけど三件ともアリバイがない人物はいなかった。そうなると今回の被害者の関係者が、連続犯の可能性はあるでしょう。そっちの捜査もしているんでしょうね」

「もちろんです。ただ詳細な報告が上がってくるのはこれからでしょうね」

「最初と二番目の被害者に接点はなかったけど、二番目と三番目はあった。今回はどっち」

「今の所、これまでの被害者やその関係者達との接点は、まだ見つかっていません」

「二件目に手嶋由美、三件目に江盛正治が殺されたから、二人と最も関係の深い葵水木が犯人かもしれないと、捜査本部の一部では疑っていた人がいたようね」

「しょうがありません。一件目はアリバイがあったけど、二つの事件で秀介が意味もなく現場近くを歩いていましたからね。後で二件目のアリバイも判明して安心しましたが、葵水木は三件ともアリバイがありました。葵に唆されたのではという説も出ましたけれど」

「恨んでいる人物を殺す為に、何の関係もない他の人物を殺したって話ね。まるで小説やドラマに出て来るような筋書きじゃない。本気でそう思っていたのかな」

「捜査本部でも意見が大きく分かれていました。一課の他の班の連中だって頭を抱えています。余りに現実離れしていますからね。しかも一人目は捜査していた刑事の弟だから、全く動機が無いとは言えないとまであの頃は言われていましたよ」

 余りに飛躍しすぎだ。いくら刑事が逮捕出来なかった人物だからと言って、その弟が殺人を犯すとは思えない。捜査本部の中にどうしても秀介が事件に絡んでいることにしたい人物がいるようだ。取り調べに非協力的だった点が、そう思わせているのかもしれない。

 異論を唱えたいところだが、一時捜査を外された立場ではそう大きな態度は取れない。だから忸怩たる思いを抱いているのだろう。 

 須依は話題を変えて質問した。

「今回の殺害現場も、他の事件が起こった場所から離れているよね。しかも防犯カメラのない場所で殺している。犯人はどうやってそんな場所を知り、殺す対象を選んでいるのかが不思議ね。移動だって明らかに電車などじゃないでしょ。そうすると車かバイクかな」

「秀介や葵水木は普通免許を持っていますが、二人とも車はもちろん、バイクも持っていません。レンタルすれば必ず足がつきます」

「そうよね。そうなると犯人は、そうした移動手段を持つ人物に限定される。だけど何故今回に限って凶器を残したんだろう」

「被害者に気付かれるなど何かアクシデントがあって、一撃で刺し殺せなかったのでしょう。二件目までは一撃でしたが、三件目の時も失敗した形跡がありました。プロでない限り、そうそう簡単には人を刺し殺せないってことだと思います」

「つまり刺したはいいけど浅いままで、被害者に抵抗されて止む無く逃げた。それでも結果的には上手く死んでくれたってことかな」

「そうだと思います」

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