第四章~②
やや都合良いように感じられるが、現場の状況を聞く限りではそう考えるしかないのだろう。ただ不可解な点の一つにゲソ痕がある。その点を尋ねると彼は答えた。
「四つの現場でそれぞれいくつか発見されていますが、共通するものは一切見つかっていません。当然三件目までに参考人として名が挙がった関係者が所有する靴は全て照合しましたが、どれも一致しませんでした。おそらく犯行後に全て処分したのだと思われます」
「でも足のサイズが、それぞれ少しずつ違っていたんでしょ。今回もそうなの」
「二十三・五センチと、これまでの中で一番小さかったですね。一件目から三件目までは二十六から七センチでしたから、別の靴を履いた同一人物で、刺し傷から犯人は男性だと見立てていました」
「だけど三件目も、一度目の刺し傷が浅かったと言っていたよね」
「はい。それは被害者が男性だったことでそれまでの女性とは異なり、やや躊躇ったのだろうと本部では見立てていました」
「それで今回も傷が浅かった。しかもゲソ痕は小さかった。そうなると犯人は、力の強い女性かもしれないわよね。それまでは男性と思わせて、大きめの靴を履いていた可能性だってあるでしょう」
「否定はできませんが、元々足のサイズが小さい男性かもしれません。サイズの大きい人が小さい靴を履くのは、余りにリスクが大きすぎます。人を刺し殺すのに足元が不安定になりますから。もちろんそう思わせるよう、わざと小さい靴を履いたから刺す時に力が入らず、浅いまま逃走したとも考えられますが」
それも一理ある。ただ新たな疑問も浮かぶ。
「だけどそれならおかしいと思わない。凶器は同じものを使っていたんでしょ。つまり同一犯だと知られても構わないと思っていた証拠よね。だけど靴は意図的に異なるものを履いたというのは、犯人像と一致しない気がするけど」
「マナーを守らない人物に対する、無差別の連続殺人だと知らしめようとした。でも捕まらないよう工夫したのかもしれません。男か女か分からないようにと考えたのでしょう。刺され方が三回目から大きく変わったのは、そういう意図があった可能性もあります。三件目では、偽装工作と思われる白杖の跡まで発見されましたし」
四件とも防犯カメラがない場所を選んで犯行に及んだという慎重さや、周辺での目撃情報などがなく逃走経路も不明な点から考慮すると、彼や捜査本部の見解は妥当だ。それでも違和感は残る。
「要するに、ゲソ痕等だけでは犯人を特定する証拠にならないのね。でも今回の凶器を除き指紋やなんらかの遺留物が何も発見されていないなんて、まるでプロの手口じゃない」
「今はネットなどで、いろんな手口が簡単に検索できる時代ですから。素人でもそれなりに注意を払えば、ある程度は出来る範囲だと思います。プロなら今回のように凶器を残し、止めを刺さずに逃亡するなんてあり得ませんし、無差別に人を殺す動機もないでしょう」
「どちらにしてもかなり計画的よね」
「はい。だから厄介なんですよ」
話がやや堂々巡りになったが、須依はもう一度念を押した。
「第四の事件は、本当に模倣犯じゃないのね」
「まずありえません。ただ先程須依さんがおっしゃった様に、今回の被害者の関係者が前の三件を含む犯人の可能性もあります。だから念の為、被害者の周辺も洗いました。ただその結果も捜査を混乱させている要因です」
どういうことか尋ねると、これまでの被害者同様、浜谷理恵も複雑な事情を抱えていたと分かったからだ。
何故なら彼女は二十歳年上の上司と不倫関係にあり、揉めていたとの情報があったらしい。相手は
「配偶者の名は
その話し合いは上手くいっていなかったようだ。それもそのはず、薫は慰謝料の請求をしながらも、絶対に離婚しないと言い張っていたという。別れてしまえば二人の関係は続くだろう。それが許せなかったらしい。
「別れる、別れないでも揉めていたのね」
「はい。けれど聞くところによると最近の被害者は、どちらとも縁を切りたがっていたようです。尊は関係を続けたいと思いつつ、理恵と結婚する気までは無かった。そうした煮え切らない彼の態度が、二人共気に入らなかったのでしょう」
「だけどそれだったら、相手を殺すまで憎んでいたかは怪しいでしょう。単なる痴話喧嘩じゃない。それに三人の中で、殺されたのが理恵だったというのもおかしいでしょう。尊ならどちらからも刺されたっておかしくないと思うけど」
「逆上した薫に刺されたか、尊と揉めて返り討ちに合った可能性を疑われていました。しかし二人共、犯行時刻のアリバイは証明されています」
「そこまでは捜査しているのね。だったら模倣犯でも四件の連続殺人犯でもない。けれど被害者には殺されてもおかしくない理由があった。それは第三の被害者を除けば、他の二件と共通点がある。だから関連性がないとも言えない、ってことなのね」
「はい。狙われたのが単に酒を飲んでいただけでなく、何らかのトラブルを抱えていたのは偶然でないのかもしれません。そこから辿れないかと本部は苦心しています。ただ今の所は余り進展がありません。可能性があれば調べ、ひとつずつ潰して行く過程でしか真実は明らかにならないので、もう少し時間がかかるでしょう」
「でも今の話だと、正直言って捜査本部は今回の事件の関係者について、余り本腰を入れていないように聞こえるけど」
「そうかもしれません。人間関係を調べる内に、放置しておける揉め事ではなかったから動いただけとも言えます。現に被害者の周辺では、連続殺人事件との共通点が無ければ間違いなく薫か尊のどちらかがやったのだろうと、多くの人が思っていたようです」
「それほど目立っていた訳ね。他に彼女を憎んでいた人物はいなかったのかな。それだけ騒がしていた人なら、仕事場でも恨みを買っていたっておかしくないでしょう。確か文芸の編集者だったわよね。同僚だとか担当している作家さん達だっていると思うけど」
「同僚の評判は悪くなかったと聞いています。ただ担当している相手によって、態度を変える人だったようですね。それで多少揉めたケースもあったそうです」
「それでも警察は、それ程深く調べていないようね」
「お恥ずかしい話ですが、やはり凶器とチラシという動かぬ証拠があるからでしょう。連続殺人の線は否定できないと思います」
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