第四章~③

 捜査本部は今回の事件も自警団による連続殺人事件との見解に重きを置いているようだ。よってこれまでほど被害者と関係がある人物に対する追及はしていない。だからこそ容疑者を絞り込めずにいる。最も懸念していた的場兄弟は最悪の事態から抜け出せた。それでも事件が解決しない限り、心休まることはないだろう。

 須依はそうした状況を歯がゆく感じた。また頭の片隅で渦巻く、様々な腑に落ちない点が雨雲のように広がったままだ。記者としても、スッキリと晴れないこの気持ちをどうにかしたかった。

 そこで切り出した。

「だったら私達が今回の被害者の周辺を取材してみるわね」

「いいんですか」

「他に何か調べて欲しい点があれば言って。もちろん捜査本部の邪魔にならないよう気を付けるから。そうしないと的場さんにも迷惑がかかるし。佐々君も煩いじゃない」

 久しぶりに出た名に彼は反応した。しかも意外な発言をした。

「良く分かりますね。実は佐々さんから少しの間だけ、須依さん達を捜査本部から遠ざけておけと言われていたんですよ。でも私からそんな事は言えないとお断りした所、だったら第四の事件を、別角度から調べさせればいいとおっしゃっていました」

 須依は驚いて尋ねた。

「それはどういう意味よ。単に騒ぐなと言っているの。それとも第四の事件は、別筋もあり得るということなの。どっちよ」

「両方かもしれません。ただし別筋は薄いけれど捜査本部が調べないのなら念の為に、ともおっしゃっていましたが」

 恐る恐る告げた言葉を耳にして納得した。佐々は須依達を厄介払いしたいのではなく、時間を無駄にするくらいなら別の所で動けと言いたいのだろう。また須依と同じく、今回の一連の事件は単なる連続殺人で無いと考えているのかもしれない。

 しかし一課が中心となっている捜査本部において、彼の所属するCS本部はあくまで補佐的役割だ。よって主流と異なる意見を出し、横槍を入れるには難しい立場と言える。その為に須依を利用し情報を集めようと企んでいるのだろう。

 また第四の事件を深く調べれば、どこかで他の事件の関係者との接点が見つかる可能性に期待しているのかもしれない。もし繋がりが発見できれば、捜査本部の見立ては大きく崩れる。そうなると一連の事件の真相は、これまでの想定を超えた所にあると考えた方が良さそうだ。

 これまで四人も殺されている。通常は何らかの理由が無ければできない。偽装工作を施しているとはいえ、何の関係もない人を殺し続けられたのなら、相当な頭脳を持つシリアルキラーと言える。

 しかしそんな人物が本当に存在するだろうか。それは須依が持った疑問の一つだった。殺人鬼でも少しは罪悪感を無くそうと考えるのではないか。だからコロナ禍におけるマナーチラシを置き、主に酒を飲んでいた人物を選んでいたのではないか。

 またこの世知辛い世の中で後ろ指を指される覚えがある人は想像以上に多いはずだ。ましてや四人目の被害者のように不倫をしている人なんて、それほど珍しく無いとも言える。よってマナーを守らないだけでなく、何らかのトラブルを抱える者を殺す対象にしたとは考えられないか。

 ただそうなると怨恨の線は薄いと思われる三人目の説明がつきにくい。だがそれも今後さらに深堀りして繋がりを発見すれば、新たな事実が見えてくるかもしれない。 

 どちらにしても、漫然と時間を潰すより少しでも望みがあるのなら取材した方がマシだ。

 また連続殺人という点ばかりが注目されるけれど、四人もの人が殺された事件である点は変わらない。そこには遺族もいれば、死を悲しむ同僚達もいるのだ。そうした人達の悲しみや無念さ、怒りなどの声を拾い上げ、世に問いかけることもまた記者の使命だと言える。それが次なる犯罪の抑制に少しでも繋がるかもしれないからだ。

 須依は的場と別れいつも通り烏森と合流して情報を伝えた。そこで二人で話し合い、まずは第四の事件の関係者として、被害女性の不倫相手である乱堂尊に取材しようと決めた。

 まずは被害者も勤めていた彼らの会社を訪ね、周辺人物から評判や彼らが囁かれていた噂の収集から始めた。出版社といういわばマスコミ側の業界だからか、事件発生直後から多くの情報が流れていた。既に様々な取材も受けており話は聞きやすかった。

 そこで皆が口を揃えたのは、被害者を殺すならば尊ではなく薫だろうという評判だった。といって尊に人望があり周囲から慕われていたという訳でもない。

 それどころか嫌っている人達の方が多く敵も少なくないと言われ、彼が殺されていた方が納得できるという人までいたほどだ。

 一方的場が言った通り、被害者である理恵の会社での評価は悪くなかった。仕事はそこそこできたらしく人当たりもまずまずだったという。担当作家とも実際それほど大きく揉めたケースはなく、仕事関係で恨みを買うほどの問題はなさそうだった。同僚や部下、上司達の話を聞いても受けが特段良い訳でもない。

 敢えて言えば中の上との感想が大半だった。不倫相手が尊だったからか特別嫌われている人という印象もなかったと思われる。だから唯一彼女を憎んでいた人物として会社関係者ではない薫の名が挙げられたのだろう。

 ちなみに会社内での二人の不倫関係は、ほぼ周知の事実だったらしい。薫との結婚生活が実質破綻しており、別居状態も二年以上と長く続いていたようだ。また二人の関係を知って逆上した薫が、一度編集部に押しかけ騒ぎを起こしたこともあるらしい。

 その時の様子を知る人達やそこから広まった話から、会社内ではどちらかといえば二人に同情的だったようだ。といって不倫関係には変わりない。

 しかも同じ職場だから、嫌悪する人達も当然いた。けれどその矛先は上司の尊に向けられ、どうしてまたおかしな相手を選ぶのかと理恵は周囲から諭される立場だったようだ。

 こうした証言など得た上で、仕事終わりの尊を待ち伏せして取材を試みたのである。

 烏森が声をかけた際、彼は驚いていたようだが東朝新聞の記者だと分かり、ホッとしていた。雑誌社と違い、興味本位な取材はされないだろうと思ったのかもしれない。

 よって取材する許可は得られたけれど、夜の九時を過ぎていた事もあり彼は食事をしたいと言い出した。そこでやむなく三人で居酒屋の個室へと入った。

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