第四章~⑨

「あなたが情報を教えてくれていれば、もっと早く気付いたかもしれないのに。そうしたら取材の仕方だって変わっていたはずよ」

「無茶な事を言うな。今の話だって、もしお前達に喋ったと本部に知れたら、首が飛ぶレベルの話なんだぞ。それでも話したのは、そんな事を言っていられないからだ。お前達が持ち込んだ葵水木の情報があったおかけで、一旦捜査は進んだかに見えた。しかし今はそれがかえって足手まといになっている。その責任を取らせる為に伝えているんだぞ」

 佐々の逆切れした物言いに腹が立った須依は言い返した。

「何よ。だったら葵水木は、事件に関係していないとでも言うの」

「そうは言っていない。少なくとも最初に容疑者として挙がった秀介と繋がった訳だからな。何らかの形で関わっているはずだ」

「そこは参事官だけでなく、私もそう思っています。そうでなければ、あの秀介が黙秘する理由がありません。恐らくあいつは葵水木に好意を抱き、庇おうとしているのでしょう」

 二人がそう考えているのなら話は早い。そこで頷きながら三人に向かって告げた。

「まず話を整理しましょう。第三の事件を除き、他の被害者の周辺にはそれぞれ殺したいほど憎んでいた人達がいる。チラシに残されたメッセージから見ても、それが共通点であることは確定よね」

「ああ。第一の事件では、被害者に暴力を振るっていた和尻一也と親しくしていた人物や彼を殺した米村の関係者、そこに被害者の母親や警察関係者まで加えれば相当数いる。但し警察関係者は有り得ない。それは俺が保証する。警視庁内では密かに監察官が動き、複数の人物の行動監視等をしていた。それでも何一つ出てこなかった」

 佐々がそう口を挟む。的場は初めて聞いたらしく、驚いて息を飲んでいた。監察官とは警察の中の警察と呼ばれ、内部を取り締まる部署だ。彼自身も秀介の件で一度聴取を受けたと聞いている。

 須依は頷き、説明の続きを話した。

「第二の事件では私達が調べたように、被害者の過去の事件で関わった葵水木がいる」

「いや他にもいる。こちらで調べた所、第三者の被害者で多賀目に殺された江盛勝治の父親の正治にも、動機がなかったとはいえない」

 再び口を開いた佐々から告げられた内容は、初めて聞くものだった。葵水木の存在を彼らに知らせた後、その後の取材を控えさせられていたからだ。そこで新たなピースが須依の頭の中で嵌った。

 納得していると、烏森がその後を続けた。

「お二人共ご存じでしょうけど、第四の事件では浜谷理恵と不倫関係にあった乱堂尊と、二人の関係を知り慰謝料を請求していた配偶者の薫には殺人の動機があります。しかし事前にお伝えしたように、須依の勘だと尊が関わっている可能性は薄いと思われます」

「そこは捜査本部でも同様の意見が出ています。最も強い動機を持つのは薫でしょう。しかし曖昧とはいえ、曽根という住み込みの弟子から事情聴取した限り、アリバイがあります。犯行現場で刺し殺し、家に戻ってくるまでの時間を計算すれば、まず不可能ですから」

 須依達では及ばなかった事情聴取により、実行犯なら余程の偶然が重ならない限りばれていたはずだという。そうした情報を聞き須依の推論がさらに固まる。そこで問いかけた。

「つまり今の話では、それぞれの被害者には殺される動機を持つ人物がいた。けれども皆にアリバイがある、または犯行が困難か動機の薄い人が多い。しかし四つの事件は一つに繋がっている。そこから導かれる答えは一つしかないと思う」

 勘のいい佐々が真っ先に反応した。

「交換殺人だな」

 的場が小さく、えっ、と呟き、烏森はそうですねと頷いた。

「殺害現場が防犯カメラのない人気の少ない場所で、時間帯も夜という共通点は理解できます。しかし四件も殺人を犯したのなら、周辺の防犯カメラや物証などで、もっと共通したものが残っていなければおかしい。それなのにゲソ痕はバラバラで傷跡なども違っていた。ここまで犯人が絞り込めないのは余りにも不自然でしょう。それが同一犯でなくそれぞれ別に犯人がいたとすれば、全て辻褄が合います」

「だがそうなると、主導した人物がいるはずだ。もちろん協力する共犯者の存在がなければ成立しない。須依は誰と誰に目を付けた」

 答えを促す彼も目星は付けているらしい。分かってはいたが敢えて答えた。

「計画を立てた中心人物は葵水木でしょう。その証拠に葵と関わった秀介君の二人だけが一時重要参考人になり、警察の監視を受けただけでなく家宅捜索を受けている」

「えっ、でも須依さんが先程おっしゃいましたが、葵は唯一全ての事件でのアリバイがありますよね」

 的場の疑問に頷いた。

「だからよ。自分に疑いを向けさせながらも実行犯ではない。主犯だからこそできる役割じゃないかな。だって余りに不自然でしょう。しかも佐々君の話では、江盛正治とも関わっていたようね。だったら彼もかなり大きな役割を果たしていたんじゃないかな。彼の事件だけ他の件と異なる要素を呈していた点が謎だった。でも裏事情を聞いて分かったの。あれは捜査を更に混乱させる為だったのよ」

「だったら秀介はどんな役割だったのですか」

「的場さん。そう焦らないで。彼には四人を殺す動機がない。現時点で何も証言を得ていないから予断は禁物だけど、彼は葵水木に利用された。そう考えていいと私は思っている」

「その根拠は何だ」

「佐々君ならもう分かっているんじゃないの。まず新原明日香の事件が起こった際、世間では圧倒的に怨恨の線を疑っていた。でも第二の事件が起こり同じチラシが残され、秀介君が第一と第二の事件現場近くにいたと分かり、警察は連続殺人事件の参考人として彼を任意同行した。さらに事情聴取で犯行を否認しながらも、何故あの場所にいたかを彼は黙秘した。だからさらに容疑が深まった」

「そうかもしれない。だが何故わざわざ自分と関係のある秀介を葵水木は使ったと考える」

「それは第一、第四の事件で恨みを持つ共犯者達に疑いの目が向かないよう、警察の目を引く為だと思う。秀介君はその片棒を担がされたんじゃないかな。だって彼は目が見えないのよ。いくら容疑者に挙げられたからといって、殺害状況やアリバイからいずれ容疑は晴れる。でも第一の事件に絡んでいた刑事の弟で、しかも一部黙秘したとなれば簡単には解放されない」

「葵水木はそこまで読んでいたというのか」

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