第四章~⑧

 もし教室の関係者、または家元の知人が容疑者となっているのなら、ここで勝手に突き放す判断はできないと思ったのだろう。彼女は戸惑いながら言った。

「少々ここでお待ちください。家元に再度確認を取ってまいります」

 奥にひっこみ離れた気配を感じてから、須依は小声で彼に囁いた。

「彼女は興味津々でしたけど、家元はどうでしょうかね」

「分からない。あの曽根という人との関係がどうなのか、彼女がどこまでうまく説明できるかだろう」

 薫の疑いが無くなっても周辺の人物が疑われれば、教室の評判などに悪い影響を及ぼす恐れがある。もしそうなら早く問題の種を排除したいと考え、聞く耳を持つかもしれない。

 そう期待し待っていたが、戻ってきた曽根が口にしたのは取り付く島もない回答だった。

「申し訳ありませんがお帰り下さい。家元にお伝えしましたが、他の事件の被害者や関係者との接点などについて、既に警察の方へご説明しているとのことです。周辺の方も同様で、お話しできることやお聞きする必要もない為、取材はお断りしますとのことでした」

 須依達は玄関先で追い払われ、塩を撒かれた匂いまでした。ここで第四の事件に関わる人物の調査は完全に行き詰った。止む無く家を後にして帰るしかなかったのである。

 須依達の取材が足踏み状態に陥ったように、一連の事件の捜査も難航していたようだ。第四の事件で凶器が残されるなどの進展はあったものの、連続殺人犯が絞り込める程の物証は発見されていないからだろう。指紋はもちろん、防犯カメラでも共通する人物や車なども特定できていないようだ。

 その為須依達はこれまで取材によって得た情報と本部で行われた捜査とを照らし合わせ、状況の整理が必要だと考えた。そこで今度は烏森にも同席を依頼し的場を呼び出したのである。

 また出来れば佐々にも声をかけて貰うよう依頼した。彼は乗り気でなかったものの、来て貰えるか分かりませんよと釘を刺した上で承諾してくれた。 

 もちろん他の捜査員達の目もある為、警視庁とは遠く離れた場所のホテルの一室を選んだ。会議等をする際に使われる小部屋で、テーブルと八人掛けの椅子がセットされていた。

 するとそこへ、余り期待していなかった佐々が時間をずらして合流したのである。

「私達とこんなところで接触するなんて珍しいわね。危ない橋を渡らないのが佐々君だと思っていたけど」

 須依が皮肉ると、席に座った彼は不機嫌な態度を隠さず言った。

「呼んだのはお前だろう。俺だってできれば避けたかったさ。しかし現状のままだと、捜査本部は迷走から抜け出せない。だから回りくどい真似をしている余裕は無いんだ」

 世間が大いに注目しており、また当初は警察内部に犯人がいるとまで疑われた案件だ。事件の解決が遅れればより激しく非難を浴び、上層部の責任問題にまで発展しかねない。

 そうなれば迷惑を被る者が出て来る。恐らくそうした人物を守る意味もあり、佐々は裏で動いているようだ。

「それなら私達も助かるわ。あなたは捜査本部に隠れて動いているようだけど、こちらに何も捜査情報を渡さないから困っていたの。取材だって限界があるからね」

 特に第二の事件が起こってからは、第三の事件も含めほとんど動けなかった。本来なら最も身近で参考人の一人となった秀介から話を聞きたかった。しかし何故か彼らに止められていたのである。

 葵水木の情報を彼らに渡したのは須依達だ。けれど葵が参考人となってから、関係がある第三の事件についての取材も禁じられてしまった。よって須依達の調査範囲は、第一と第四の事件だけに絞らざるを得なくなったのである。

 その点を突くと、彼は言った。

「分かっている。だから今回は俺がここに来たんだ。本部の捜査は一連の事件が無差別連続殺人と見立ててから、一向に進展がない。犯人はこれまで名前が挙げられた関係者でないと判断したせいで、範囲が広がり過ぎた。だからCS本部ではこれまでの関係者の繋がりを含め、表に出ないよう裏で捜査をするしかなかった」

「佐々君は捜査本部と異なる見解を持っているの。それとも単に彼らの手が及んでいない範囲を調べているだけなの」

「両方だ。調べれば調べる程、今回の事件は同一人物の犯行で無いとしか思えない」

「そう見せかけ、複数の共犯者がいるという訳ね。でも本部だってその可能性を考えなかった訳じゃないはず。それでも同一犯だという判断をした。使われた凶器が四件全てで一致したからでしょうけど、その見解を覆す根拠はあるの」

 須依の異議に彼も同意した。

「ああ。実はマスコミに公表していないけれど、例のチラシの裏には文字が書かれている。しかもそれが全て同じもので書かれ、書体も完全に一致した。それらと凶器の件を本部は根拠にしているんだ」

 初めて聞く秘密の暴露に、烏森が思わずと言った調子で尋ねた。

「何と書かれていたんですか」

「絶対に外へ漏らすなよ。スプレーで『天誅』と書いてあった」

 だがそれだけでは納得出来ない。共犯の一人が書き、それを実行犯に置くよう指示すればいいだけだ。凶器も同様に一度回収し、次の実行犯に渡せば済む。しかも三人目を除けば、他の被害者は何らかのトラブルを抱え、恨みも買っていた。

 偶然が三つ重なれば必然だと言われる。よって明らかに連続殺人ではあるが、実行犯がそれぞれ別にいる事件だと須依は確信を持っていた。しかも全ての事件に関わる主犯が間違いなく存在している。

 そう告げたところ佐々も同じ考えだといい、説明をし始めた。

「凶器だけでなく、わざわざ同じチラシを犯行現場に置き、裏にメッセージを書く真似までして同一人物による無差別の連続殺人かのように見せかけている。そこにどういう意図があるのかと考えた時、ある可能性に至った。だからこれまでの事件関係者を洗い直したんだ。そこからいくつかの情報と関係が見えてきた」

「アリバイ関係を調べていたのはそういう事だったのね。だけど四つの事件ともアリバイが無い人は一人だけ。そうでしょう」

 彼がこれまで隠してきた情報の存在を耳にし、須依はある推論に辿り着いていた。これまでの取材で抱いた違和感の正体が、ようやく姿を見せ始めた瞬間だった。

 その為無意識に口角が上がっていたらしい。佐々が指摘した。

「お前も何かに気付いた顔をしているな。なんだ。言ってみろ」

「思い当たることがあるんですか。教えて下さい」

「おい。俺は聞いていないぞ」

 的場が続き、烏森にまでせっつかれた為、つい口から愚痴が出た。

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