第四章~⑦

 翌朝、合流した二人は早速目的地へと向かい、近くで張り込んだ。そうして教室に通ってくる人達の顔写真を隠し撮りし、出てきた人達に話しかけ情報収集を始めた。

 男性や若い人達もそれなりにいるが、生徒の多くは高齢の女性が多い。そうした人達は裕福な家庭で育ちが良く、けれど人との会話に飢え、寂しさを抱えている印象を持つ割合が高かった。

 だからだろう。記者と聞いただけで警戒され避けられもしたが、積極的に話したがる人もいた。そうした生徒を掴まえては家元の評判や、事件について何か聞いたまたは見たりしたことがあるかなどを質問した。

 薫の人物像は概ね似かよっていた。基本的には穏やかだが、一度気に食わないことがあり怒り出すと、激情する性格らしい。だから皆、出来るだけ機嫌を損なわないよう神経を使っているという。

 ただ経験が浅いながらも教え方は丁寧で、かつ語彙が豊富だから分かりやすいとの評価を受けていた。出版社勤務という外での社会人経験がある為、人との接し方に慣れていたからかもしれない。

 また先代より若くて元気だから体力にも自信があるし、笑顔が素敵だという人もいた。そうした評価から、生徒のほとんどが年上の為に、そう見られるよう心掛けているらしいと分かった。

 浜谷理恵が殺害された件については、皆良く知っていた。事件直後は警察だけでなく、マスコミも多く取材に訪れていたからのようだ。彼女達もまたその取材に何度か応じたらしい。だから余計に口は滑らかだった。

 理恵が殺されたと聞いた時、正直生徒の多くは家元がついにやったかと疑ったらしい。尊との不倫関係に家元が激怒しており、慰謝料を請求していた件は周知の事実だったからだろう。

 さらに別居生活に至る際、数ある罵詈雑言を浴びせ合う中、家元は性生活の不満をぶつけられ大きくプライドを傷つけられたそうだ。その内容が弟子達の耳に入り広まったことで大いに恥をかき、より一層激怒したと聞く。

 しかし事件当夜、住み込みの弟子の証言からアリバイがあったと聞き生徒達は安堵したという。またしばらく経つと、理恵は連続殺人事件に巻き込まれた被害者だとの話が広まり、それからは家元の名誉を傷つけた報いだと皆口を揃え言っていたようだ。

 けれど的場からの情報によれば、薫は自宅にいたそうだがその姿をしっかり見た人物はいなかったらしい。教室兼自宅に防犯カメラは設置しておりそこに映っていなかったが、持ち主ならどこが死角になるか等は当然把握している。つまり弟子達に見つからないようこっそり家を抜けだすのは可能だったと聞いている。

 しかし尊と同じく、時間帯からその後の移動手段を考えると車等で移動するしかない。それならどこかに映っていてもおかしくないし、タクシーなど使えばすぐに足がつく。

 さらに警察が連続殺人事件だと発表し、実名は伏せられながらも一時期の秀介などのような参考人としてマークされていない為、周辺の人達は容疑者で無いと信じているようだった。

 須依達は次々と尋ねていった。

「理恵さんが殺される事件の前と後で、変わった事はありませんか」

 しかし答えはこちらが求めていないものばかりだった。

「面倒な問題が無くなって、ホッとしたんじゃないでしょうか。以前よりカリカリしなくなって穏やかになったと思いますけど、少しぼんやりしている時は増えましたね」

 事件後の様子ばかりで、特に事件前の一カ月ほどはただ機嫌が悪かった印象しかなかったらしい。それは単に理恵と尊との不倫関係が続いており、事態が膠着していたからだったとも考えられる。

 だからといって、事件前に何か思い詰めていた様子を見たという証言は得られなかった。要するに普段と余り変わらなかったらしい。

 そうした様々な情報を得た上でその日の教室が終わる時間帯を狙い、須依達は薫の自宅を訪れた。既に夜の七時を回っていた。

 入口には朝九時から夜七時まで、毎週水曜日が休みと書かれている看板があった。チャイムを鳴らして出てきたのは、住み込みの弟子だという五十代の女性だった。名前は曽根そねと言い、弟子でもあるがどちらかと言えば家政婦さんのような存在らしいと聞いている。

「すみません。東朝新聞の烏森と申しますが、家元はいらっしゃいますか」

 記者だと知って、彼女は明らかに身構えた気配を放って言った。

「取材なら全てお断りしております。警察の捜査には全面的に協力していますので、何かお知りになりたいことがあれば、そちらに聞いて下さい」

「いえ、私達は決して家元が今回の事件の犯人だと疑っている訳ではありません。それどころかあらぬ疑いをかけられた被害者だと思っています。そこで連続殺人犯に理恵さんを殺された関係者として、どう思われているかをお伺いしたいのです」

「そう言われましても、家元は疲れておいでです。今日も一日、朝からつい先程まで生徒さん達に教えていましたから」

「そこを何とかお繋ぎ頂けないでしょうか。現在警察に容疑がかけられている人物達と理恵さんに接点がなかったか、私達は知りたいと思っています。単に無作為で選ばれて殺されたのか。それとも何らかの意図があって殺されたのか。曽根さんとおっしゃいましたよね。あなたも知りたいとは思いませんか」

 彼女の好奇心に訴えかけるよう促すと、相手は反応を示した。

「そ、それは、もしそうなら知りたいと思いますけど」

 彼はさらに畳みかけた。

「連続殺人犯がどこで理恵さんに目を付けたのか。もしかすると家元が苦しんでいると知った人物が、その無念を晴らす為に殺した可能性だってあるでしょう」

「まさか。うちに通う生徒達が疑われているとでも言うのですか」

 驚いた声を出した彼女に、彼は否定して言った。

「お弟子さんとは限りません。詳しくはここだと口に出来ないので、家元と会わせて頂けるのなら、私達が警察に取材して仕入れた情報を元にご説明させて頂きます。ですから取り次ぎをお願いします」

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