第三章~⑪

「被害者は運転しなかったのかな」

「いえ、免許は所持していました。刺された時に持っていた財布の中にあり、それで身元がすぐ判明したと聞いています」

「お金等も取られていないのよね」

「はい。それは前の二人と同様です」

「でも今回に限り、旅行バッグが持ち去られた。だけどその前に、何故被害者はそんな大きい荷物を持って出歩いていたんだろう」

「その点は謎です。昼過ぎに家を出た後、最寄り駅まで歩き電車に乗り、大型ショッピングモールでしばらくいたようです。夕飯も中の店で済ませていました。それから移動して夜遅くに居酒屋へ入り、タクシーを呼んで家の近くの公園で停車させています」

「まずそこが不思議よね。ショッピングモールで大きな買い物をした訳じゃないんでしょ」

「はい。当日の足取りを追った班は、防犯カメラで確認しています。本屋や雑貨店に寄ったりしただけで、食事以外ではお金を使っていませんでした」

「まあ病気だったとはいえ余命宣告され、延命処置を行わず緩和ケアをしていただけらしいから、家に帰る途中に一人で小一時間飲むくらいはあるでしょう。でもそこからタクシーを呼んで自宅近くまで行きながら、手前の公園で降りるっておかしいよね」

「どうしてですか」

「だって重い荷物だったんでしょ。普通なら家の前で停めて貰うはずよ。女性なら家を知られたくないから、手前で降りる人が多いけど、被害者はそうじゃない」

「捜査本部では、公園で少し酔いを醒ますつもりだったのではと言っていましたが。実際刺されたのも、少し中に入った所でしたから」

 何となく引っ掛かりを覚えつつもそれ以上反論できる根拠が無かった為、話題を変えた。

「秀介君のアリバイも調べたんでしょ。どうだった」

「はっきりしたアリバイはありませんね。本人は寝ていたと言っていますが、それを証明する人はいません。前回同様、念の為にとパソコンなどを任意提出させ、CS本部で中身を確認したそうですが前回のように起動した形跡は発見されませんでした」

「アリバイが無いけれど、周辺の防犯カメラに彼の姿は写っていなかったのね」

「はい。幸いといっていいのか、今回は発見されていません。でも現場から出たゲソ痕があいつと同じサイズだった点や、白杖を突いた跡らしきものが残っていたと耳にした時は、ぞっとしました」

 須依は見えない目を、驚きの余り見開いた。

「そうだったの。それなのによく捜査本部は彼を解放したわね」

「前の二件でアリバイがありましたし、視覚障害者のあいつが参考人として名前が挙がっていたことは、一部報道されていましたから」

「なるほど。真犯人による偽装工作ではないか、と思われたのね」

「実際普段使っている白杖や靴を調べましたが、同じ物ではありませんでした。足のサイズも前の二件とそう変わりませんでしたし、犯人は毎回靴を履き替えていたと思われる点も考慮されたようです」

「それは良かったわ」

「はい。犯人である可能性は薄いと捜査本部が判断したと聞き、安心しました」

 しかし相変わらず自分からは、葵との関係や前の二つの事件現場近くにいた理由を全く口にしないという。

 だが犯行を裏付ける証拠もない為、彼は引き続き監視対象者から外されたのだ。よって的場達も今は捜査本部の一員として復帰できている。その点は彼もホッとしているだろうし、須依達も安堵し喜んでいた。

 けれど事件の真相解明にはほど遠い。今回も防犯カメラのない場所が犯行現場だ。人の目を気にしているから当然だろうが、三件重なれば普通は土地勘のある人物と考えざるを得ない。

 だがそれぞれは直線距離で三十キロ以上離れており路線もばらばらだ。それが他の証拠なども含め、怨恨ではない無差別連続殺人事件の可能性を排除できなくしていたのである。

 謎は深まるばかりで、全く解決の糸口が掴めない。その為的場達だけでなく、須依達も完全にお手上げ状態となっていた。

 そう思っていた時、第四の事件が発生したのだ。第三の事件が起きた約二週間後の火曜日の夜のことである。


        *


 彼に対しこれまで会ってきた人とは違った感情を持ち始め、二人はコロナ禍で失った親について言葉を交わした。話には聞いていたものの母の顔を見る間もなく火葬され、渡されたのはお骨に入った箱だけだった。そう言うと彼も同じだったと頷いていた。

 当然大勢の人を呼ぶような葬式は出来ず、また武蔵家の墓に入れてくれなどとも言えるはずがなかった。よって近くで永代供養してくれるお寺に納骨するしかなかったのだ。

 彼の場合はごく限られた身内だけで葬式を行い、お墓は先祖代々が眠っている場所に納骨したという。また彼にはまだ兄やその家族がいる。私に頼れる身内は誰もいない。

 そういう取り巻く環境は異なっていたが、決して取り戻せない心の中に抱えた悔恨だけは同じだった。といって私の場合、悲しんでばかりはいられなかった。生活の為に働かなければならず、一度罹患しているとはいえ日々再感染の恐怖に怯えながら介護や性的介助の仕事をこなすことで精一杯だった。

 そうした不安が和らいだのは、ようやく有効だと言われるワクチンが開発されてからだ。また介護士も医療従事者に準じ、優先接種の対象に含まれると聞き、実際接種出来た時はとても喜んだ。それでも感染の波が収まらない中、気付けば母の一周忌を迎えていた。 

 そこで六月に入り、ようやく放置していた母の遺品整理を始めたのである。死亡した際に必要な役所への届け出や取引銀行の名義変更など、最低限必要な事だけは済ませていたものの、それ以外は手を出す余裕が心身共に全く無かったからだ。

 しかしいつまでもそのままにしては置けない。また片づけなければならない別の要因もあった。新型コロナにかかり、その一人が病院でとはいえ亡くなったのだ。その為アパートの住民が察知し、管理会社などにクレームを入れたらしい。だからだろう。初七日が過ぎた後、部屋の消毒をして欲しいと電話で依頼されたのだ。

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