第四章~⑤

「すみません。あくまで確認にすぎません。約三十分位ですかね。でも東京には防犯カメラがそこかしこにあります。ですからもしマンションをこっそり抜け出して車などで移動したのなら、どこかに映っていてもおかしくないでしょう。警察がその点を見逃すはずはありません。だから問題にされていないのだと思います」

「だったらわざわざそんな質問、するんじゃないよ。もし理恵を殺した奴が連続殺人事件の犯人じゃなければ、一番疑われるのは俺じゃない。あいつだろう」

「薫さんですね。それほど理恵さんを憎んでいたのでしょうか」

「それはそうだろう。あいつは俺と理恵に慰謝料を払え、と訴えを起こしている位だからな。俺達がそれなりに稼いでいて、金を持っているのも気に入らないのかもしれない」

「でも決して離婚はしない。そう主張しているようですね」

「そうなんだよ。おかしいだろう。夫婦関係はとっくに破綻しているんだ。それは誰もが知っている」

 論点が事件からずれた為、須依達の話題が途切れ安堵する。そのまま本題に切り込んだ。

「薫さんもあなたと同じく、死亡推定時刻前後のアリバイがあったようですね」

「そうらしいな。よくは知らないが、俺のところに来た刑事から聞いた。だから理恵は、連続殺人犯に殺されたと判断されたのだろう。でも他の事件が起こった時、何をしていたかも散々聞かれたけどね」

 これは初耳だ。的場から、他の事件との関わり合いはそれ程詳しく調べていないと聞いている。そこで尋ねた。

「同じ刑事さんでしたか。どんな風に聞かれましたか」

「後から来た別の刑事だったな。そうそう。マンションの防犯カメラを、もう一度調べたいとやって来たんだ。あんたがさっき言ったように、こっそり抜け出せるかを確認していたんじゃないかな。その時、ついでにって感じで聞かれたよ」

 そこでピンときた。他の三件の事件におけるアリバイを確認したのは、佐々の息がかかった部下達だろう。どうやら彼は捜査本部に黙ってCS本部独自で捜査しているらしい。

 ちなみに彼は全てその時間も家にいたらしい。これも同じく、部屋やマンションのドアを開閉するカードキーの出入時刻のデータなどで確認されたようだ。佐々はこうやって全ての事件における関係者を当たり、どの事件だとアリバイがないかを調べているのだろう。

 そうした情報を隠していると分かり、須依は腹を立てた。しかし今は彼らが得られなかった話を聞けばいいと割り切り、質問を再開した。

「二番目の被害者は、平日の夜十九時前後に殺されていますが、その時間だとお仕事中だったんじゃありませんか」

「ああ。理恵や他の連中もいたから俺には無理だ。けど一人目と三人目は夜中だろ。そんな時間にアリバイがある奴なんているのかよ。あいつだってそうだろ」

「薫さんですね。以前は同じ出版社にお勤めだったと聞きました。しかし家業を継ぐ為に退職されたそうですね」

「そうだ。と言っても部署は全く違ったがな。俺達は編集であいつはシステム関連だ。いわゆるSEってやつさ。代々続く華道の家で生まれたのに面白いもんだよ。弟子の数もそれなりにいる名家だ。今は家元になって、それなり忙しくしているんだろう。俺と同じように、夜七時位ならアリバイはあるはずだ。それでもさすがに遅い時間だったらないだろう。向こうも今は一人で暮らしているだろうから。ああ、でも泊まり込みの弟子がいたか」

 薫は幼い頃より、先々代の祖母や先代の母親から稽古を受けていたという。しかし外の社会を何も知らないまま家業を継ぐのは良くないとの教えもあり、大学卒業後は出版社に入社したようだ。それでも将来の為に華道は続けていたらしい。

 SEと華道の組み合わせは珍しいが、そこで運命の出会いを果たし、社内結婚したのだから面白いものだ。けれど先代の体調不良を機に、三十六歳で退職し家に戻り弟子として修行を続けた頃から夫婦関係に陰りが見え始めたという。

 やがて早めに後継者を立てなければ揉める恐れがあったことなどから三年前、薫は正式に家元を襲名した。だがその頃には関係が悪化し、別居生活に入っていたと聞いている。また先代は一昨年、病で亡くなったそうだ。

「薫さんのアリバイについては、警察から聞いていませんか」

「教えてくれなかったよ。だがテレビや雑誌、ネット等のニュースを見る限り、もう俺達は疑われていないようだな。他に容疑者がいるんじゃないのか。それはあんた達の方が良く知っているだろう」

「それは私達も分かりません。ただ被害者の関係性が薄いまたはほとんど見つかっていないので、捜査は難航しているようです。殺された他の三人のことを、理恵さんやあなたはご存じでしたか。どこかで会ったりしてませんか」

「それもアリバイと一緒に聞かれたが、全く知らない。プライベートはもちろん、仕事関係でも関わった覚えはないな。一人目の新原って女なら、その前の事件で騒がれていたから名前だけは知っていたよ。でも二人目の女や三人目の爺さんなんて全く接点がない」

 手嶋由美の夫が勤める銀行との取引の有無も確認したが、会社や個人でも別の銀行を利用しているという。ここまでの証言は予想していた通りだった。事前に収集していた情報と何も変わらない。

 だが問題はここからである。これまではこれから尋ねる質問に対し、警戒心を持たれない為の前振りに過ぎない。

 須依の合図で、烏森が口を開いた。

「ところで尊さんや薫さん、被害者となった理恵さんを含め、お身内などで介護施設を利用されていた方はいらっしゃいますか。施設に入居していなくても、デイサービスを依頼するケースはあるでしょう。例えば薫さんの実家では先代が体調を崩され、家元から退かれています。尊さんは四十八歳でしたね。ご両親は健在ですか」

 突然話題の方向性が変わったからか、戸惑う気配が感じられた。

「なんだよ。それが事件とどう関係するんだ」

 予期していた反応だったが、想定通りだ。烏森は慎重に用意していた答えを口にした。

「これは公になっていませんが、被害者やその周辺の関係者における共通点を探す中で、そうした業種に関わっている可能性が浮かんできたのです。どうですか」

 やや間があってから、彼は答えた。

「俺の両親は七十代後半だが二人とも元気にしている。だが熊本に住んでいるから、どちらか病気になったとしても面倒を看るのは俺じゃない」

「ご兄弟がいらっしゃるのですか」

「ああ。おれは次男だ。兄夫婦が近くに住んでいるから、全てそっちに任せている」

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