第二章~④

 いきなりの話題変更と内容に一瞬戸惑ったけれど、何とか答えた。

「いわゆるセックスボランティアのことかな」

「そうです。障害が重くて、自分では性欲を解消できない人達の補助を行うヘルパーの団体があるようですね」

「聞いた事はある。以前障害を持つ結婚している有名人が、健常者も使う風俗を利用していたとリークされ批難されていたよね。当時そういう団体もあると話題になったけど、詳しくは調べていないな」

「そうですか。あの時は既婚者なら、他人の世話になるなんて不倫しているのも同然だと騒がれました。けれど独身の障害者にとっての存在意義は大いにあるから、そうした行為自体を攻撃するのは間違いだと、一部の有識者やマスコミだけが主張していました」

 そうだった。あの件では既婚者だから話題になった。一方で健常者の既婚者でもこっそり風俗通いする男達はどうなるのか、と一部擁護する人達が現れたのだ。さらには女性の既婚者だってホストに通い詰め、肉体関係を持つ人もいる。

 だからそうした扱いに注意が必要な話題は各家庭の問題だから、他人がとやかく言うものではないとの主張もあった。

 これはどこまでが浮気なのか、どの範囲なら許せるかという論争にも繋がる。そうなると人の価値観や考え方または立場によって意見は様々であり、正解を求めることは不可能だ。

 須依の個人的意見を言えば、お金を払う風俗だって立派な浮気の範疇に入る。硬すぎると言われようが、配偶者を蔑ろにする行為は許されないと思う。といってそれなりの恋愛経験はあるものの、結婚したことのない者が言っても説得力なんかない。

 だったら風俗通いしていたと分かった時点で夫と即離婚するのかと聞かれれば、ケースバイケースとはいえそこまで思わないと答えるだろう。ならばスナックやガールズバーはどうなのか。線引きは難しい所だ。夫がそんな場所に通い詰めていたと知った場合、須依ならどう対処するかなど、実際その立場にならないと分からない。

 そんなつまらない想像をしていた所で、何故彼がそのような話をし始めたのかと考えた時、ある可能性に気付いたので口にした。

「秀介君が利用していたとか言わないよね」

 口籠っている気配から、的を射ていたのだと理解する。家宅捜索で彼が使用していたパソコンなどが押収され、分析されたと言っていた。所持している携帯なども対象になったはずだ。そこから利用履歴などを調べる内に、恐らく判明したのだろう。

 しかしその先が分からない。彼はもう三十で良い大人だし、自分でお金も稼いでいる。また独身なのだから、浮気などと誰かから責められる筋合いもない。といっても兄の的場が弟のそうした隠したい情報を知れば、それなりに困惑はするだろう。

 けれどわざわざこのタイミングで須依に打ちあけたのは、何か相談したいからなのか。それとも事件に関わる話なのだろうか。その点が判断しかねた為、もう一度尋ねた。

「秀介君が利用していたのは間違いないのね。でも彼の場合は、どうしても人の手を借りなければ出来ない障害ではないでしょう。あくまでそういう団体は、介護の一環としてお手伝いするだけだと聞いているけど」

 ようやく口を開いた的場は、意を決したかのように説明し始めた。

「基本的にはそうです。だからホームページ等を見ると、健常者が障害者のケアを体験したいなどの興味本位や、自らの性的趣向を満たしたいとの考えでは利用できないとの規則が書かれていました」

「調べてみたのね」

「はい。携帯の通話履歴から、利用している施設が分かったと聞かされました。知っていたかと確認されたので、初耳だと答えました」

 なるほど。別途裏で情報を回して貰ったのではなく、容疑者の身内として事情聴取を受けた際に質問され、教えられたらしい。

 そんなプライベートまで晒され、彼らは恥ずかしい思いをしただろうし、的場も驚いたはずだ。その為、どんなところかと調べるのは当然の行為だろう。

「でも秀介君は利用していた。つまり規則外の利用だったのかしら」

「そう考えていいと思います。その団体は一般の性風俗産業の主目的となる、顧客に性的好奇心や性欲の処理を満たす為の組織ではありません。だから金儲けを主とした営利目的の為に存在している訳でも、娯楽としての性を提供する為に活動している訳でもないとうたっています。あくまで障害者の性のケアを目的とした活動なので、警察にもそうした届け出は出されていません」

「なるほど。風営法の範囲から外れるので、管轄外になる訳ね」

「そうです。ここからは裏の情報になりますから気を付けて下さい」

 彼は小声でそう呟き、辺りを見渡しているようだ。聞かれたらまずい話をこれからするのだと須依も理解し、黙って頷いた。

 すると彼は話し始めた。

「第一の事件でアリバイが成立している点から考え、捜査本部では共犯者がいるかもしれないと秀介の交友関係を調べていたようです。それは当然なのですが、そこで引っかかったのがその団体でした」

「分かった。今の時点だと秀介君の容疑は固まっていないので、逮捕状はもちろん捜索令状が出る範囲も限られるから、その団体に事情が聞けないのね。恐らく守秘義務を盾に取っているのでしょう」

「話が早いので助かります。その通りで、秀介が利用者だとまでは認めたようですが、誰とどのように会っていたという点に関しては、全く答えて貰えなかったと聞きました」

「性的なケアを利用した点も認めなかった」

「はい。それを認めると利用規則違反ですから、警察の介入を許すことになるので否定したのでしょう。あくまで障害者のサポートだけだと言い張っているようです。また障害者の自尊心を守る為のケアなので、誰が利用しているかは絶対に教えられないと門前払いされたと聞いています」

「サポートって、ガイドヘルパーよね。でも秀介君がガイドを雇ったなんて話は聞いた覚えがないわよ。五人制サッカーの集まりで、私と初めて会った時はまだ高校生だったと思うけど、その頃でさえなかったはずよね」

「はい。あいつがもっと小さい時は、訓練を兼ねて外出先での買い物だとかで利用していました。もう少し大きくなってからは、パソコンなどの操作を教えられる専門の方を呼んだことはあります。そのおかげであいつは文字起こしの仕事を紹介され、やるようになったんです。でも須依さんと会った頃には、外部の人にお願いするケースはほぼなくなりました。同行援護や食事、排せつなどは、私を含めた家族でやっていましたから。後はせいぜい百貨店などで買い物する際、そこの店員さんにお願いするくらいだったはずです」

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