第二章~③

 一昨年ワクチンが出回る以前に新型コロナに相次いで感染した彼らの両親が、七十歳になる直前の若さで亡くなっている。その為、実家で一人暮らすようになった秀介を、彼らは心配していたようだ。 

 しかも最初に症状が出て、発熱外来を受診しPCR検査を受け陽性と診断されたのは秀介だったという。よって彼から家庭内感染を引き起こした可能性が高いとされ、とても落ちこんでいたらしい。 

 幸いと言っていいのか、自身は軽症のまま回復したようだ。しかし感染経路は的場かもしれないとも聞いている。仕事柄、不特定多数の人物との接触を余儀なくされ忙しくしていたからだ。その上両親が発症する少し前、実家を訪れていたらしい。

 ただ彼は症状が出ず検査もしなかったので感染していたかは不明のままだった。コロナ過が始まって間もない当時は、良く分からないウイルスという認識もあり、そういう人達が多かった為だろう。

 けれど徐々にその正体が明らかとなり、陽性者と接触した無症状の人達が感染拡大させていると分かった。それからはできるだけ人との接触を避け、感染者の近くにいた濃厚接触者とみなされた人々は、積極的に検査するようになっていったのだ。

 しかしそうなると的場のように同居する妻子は、濃厚接触者となることから逃れにくい。だから葬儀が終わってからここ二年弱、別居している秀介とは直接会わず、彼の妻が月一回ほどの頻度で電話をかけ、生活に不自由していないかを聞いていたようだ。

「ご両親の件はお気の毒だったと思うわ。でもそれで腹を立ててコロナ禍にマナー違反している人を殺すような人じゃないでしょう。それに一件目の死亡推定時刻である、夜中の一時半前後のアリバイが、彼にはあったと聞いているけど」

「押収されたあいつのパソコンから、二時と二時半に依頼された仕事先に出来上がった現行のデータを送信していた記録が残っていたようです。佐々参事官にも直接声をかけて頂きましたが、CS本部の分析でも時計を狂わせたり、その時間に自動送信されるよう事前にセットしたりした形跡はなかったと断言されました。また死亡推定時刻にその仕事も含め、作業していたのは間違いないそうです」

 知らない間柄ではないし、捜査本部にも参加したからだろう。佐々も的場が置かれた厳しい状況を考え、励ましのつもりで話しかけたに違いなかった。彼が味方に付いてくれれば頼もしい。

 そう思いながらさらに確認した。

「二件目の時のアリバイは不確かだけど、関係も定かでないようね」

「はい。水曜日の夜ですね。ただ本人が何も言わないので、何とも言えません」

だがその結果、何度も任意の事情聴取を受けながら、秀介は未だ証拠不十分の為逮捕されていない。但し一課による監視が続いており、何度も呼び出しには応じているという。

 それでも一回二時間程度に及ぶ厳しい聴取を日に二回も受けているにもかかわらず、現場近くにいた行動の質問には一切答えないというのだ。そうした影響から、これまで依頼されていた仕事は今や完全に途絶えたらしい。

 実家暮らしで貯金もそれなりにある為、生活がすぐに困る心配はないという。両親の死亡により、的場と二分した遺産もあるのでしばらくは問題ないそうだ。といってもこんな状況がいつまでも続いては、今後の暮らしに支障をきたすだろう。いやそれだけではない。

「黙っていればいるほど、お兄さんに迷惑をかけると分からない彼ではないよね。それでも話さないのは、何か理由があるはずでしょ」

 第一の殺人でのアリバイがある為、連続殺人犯が秀介という可能性はないと思われる。ただ二人目の事件に何らかの関わり合いがあったと判明し逮捕されれば、的場は退職せざる得なくなるだろう。

 表向き、身内の犯罪で懲戒処分されることはない。だが道義的理由で責任を取る為、実際は辞職するケースがほとんどだ。しかも殺人となれば、さすがに職場で居続けるのは辛いだろう。よってそれを避ける為に、秀介は黙秘しているのではないかとも疑えた。

「それが何か、全く見当がつきません。だから困っています。もう捜査に口を挟めないし、今は何とか進捗状況をこっそり教えてくれる同僚がいるので、それを聞くしかありません」

「私達が把握している情報以外に何か新たな進展はないの。捜査上の秘密というのなら深くは聞かないけど」

 第二の事件が発生してから一週間が経過し、マスコミは警察からの発表により当初の怨恨騒動から、コロナ禍の自警団を気取った無差別連続殺人として取り上げるようになった。

 一件目はお酒、二件目は不要不急の用件で、十数人以上も集まっていた為と指摘されたのだ。しかも幼い子供を預けてのんきにヨガなんてしているから、と一時期は必要以上に非難を浴びていた。

 だがようやく参考人が現れたものの、その人物が第一の殺人犯では無いと分かった時点で、過熱気味だった報道はトーンダウンした。怨恨でないのなら、と興味を失ったのかもしれない。

 世の中には事件や芸能ニュースなど、他にも扱うものが多くある。よって現在は地盤沈下が起こり、道路も陥没して死亡事故が発生した件が大々的に取り上げられていた。ビル建設工事における、杜撰な現場管理の影響によるものだ。

 けれども須依と烏森は東朝新聞の編集部に直接交渉し、二つの殺人事件について取材を続ける承諾を得た。これは須依と烏森が遊軍記者であり、またこれまでの実績が認められていたからだろう。そこで別の事件を担当させられ、それが一段落着いた的場を掴まえ、他では得られないだろうネタを探っていた。しかしそれだけではない。これは的場の為でもあるのだ。

 警察の捜査だと及ばない範囲は必ず存在する。マスコミの力を使いそうした隙間を埋め、有益な取材により真実に近づけないかと考えていた。

 例えそれが秀介の犯行を裏付け、的場が警察を去ることになったとしても、このまま蛇の生殺し状態が続くよりはいい。捜査できない彼が事件を早期解決する為には、同僚達に期待するだけだと心許ないのだろう。須依達の力を借りれば、さらに心強いと思ってくれているに違いなかった。現にこれまで何度もそうして捜査協力を行ってきたのだ。

 とはいえ捜査情報を直接記者に漏らす行為は、さすがに躊躇われるらしい。そこでヒントになることを匂わせ始めた。

「須依さんは、障害者専用の風俗についてどの程度知っていますか」

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