第一章~⑫
了解してくれた彼は、記者クラブのブースを出た須依の左手を右肩に乗せ、ひょこひょこと歩きだした。その誘導に従って移動する。
他の記者達から遠ざかり、話を聞かれる心配のない場所に着いたようだ。立ち止まった彼は、須依の手を自分の肩から放して振り向き正対した。
「ここでいいだろう。良いネタとはなんだ。どこで仕入れた」
佐々達の名を出さず、警察は今回の件を愉快犯の線で積極的に動いていると伝えた。根拠は的場達が疑われているからでなく、事件現場にそう思わせるものが置かれていた為だと告げた。
だが何かという、具体的な名前までは伏せられたと説明する。彼は
「秘密の暴露に関する物証か。それなら公表しないのも当然だ。それで何だと思う。須依のことだ。見当がついているんじゃないのか」
付き合いが長いからだろう。既に読まれていた。そんな彼に誤魔化しは聞かない。また口にはしなかったけれど、恐らく情報の入手先が佐々か的場辺りだと気付いているはずだ。
それでも余計な事には触れず、核心に入る点が彼らしい。
「広告かチラシのような紙でしょう。書かれていた内容は、恐らくコロナ禍におけるマナーか、そうした物に準ずるものだと思います」
佐々が与えてくれたヒントの一つは、渡されたとしても直ぐに破り捨てる、と言った点だ。そこから紙だろうと推測した。
加えてコロナ禍での酒の提供禁止を破り、自身も酒を飲み終電で帰るような行動を取っていたと彼は言った。そこからマナーを守れとか、自粛を促す啓蒙チラシや広告ではないかと想像できる。
現にそうしたものが、一時期
推理した経緯を話すと、烏森は反論してきた。
「マナー違反をする輩に腹を立てている誰かが、腹いせに殺したというのか。そうした紙を残し、天罰を与えたというメッセージだと警察は見ているんだな。しかしフェイクかもしれないだろう」
そう来ると予期していた為、須依は答えた。
「当然警察もその可能性は考慮しているようです。その上で濃厚だと言うのですから、何かあるのでしょう。被害者に怨恨を持つ人達を聴取しても、良い感触が掴めなかっただけではないはずです」
「執拗に疑ってかかるのが彼らの仕事だからな。そう簡単には捜査対象から外さないだろう。それなのに愉快犯の線が濃いというのは、残された物証にそれだけの説得力を持つ何かがあるってことか」
「はい。例えば紙なら指紋が残るはずです。少なくとも配布されたチラシを受け取ったのなら、最低でも渡した人物と被害者のものがついているはずでしょう。どこかに置いてあったチラシを取った場合でも、複数の指紋が付いているのが普通です。だけどそうじゃなかったのではないでしょうか。誰の指紋も検出されなかった、あるいは被害者のものだけがついていたのではと推測されます」
「それだと、犯人が見せかけの為に使った可能性は消えないぞ」
「でもその場合、また同じような事件を先に起こす、またはその後に起こさなければならなくなります。天罰を与える対象なんて、いくらでもいますからね」
「なるほど。もし怨恨でないように見せかけるのなら、彼女より先に似た行動を取っている人物を殺して紙を残し、その後で被害者を襲った方が捜査を混乱させられる。そうだな」
「連続殺人事件を扱った、有名な小説と同じように、です」
納得したらしい彼は一旦黙った。だがその後、叫ぶように言った。
「おい。それならどちらにしても、また同じような事件が起こるってことになるぞ」
これも想定していたことだ。須依も頷いた。
「そうですね。だから警察はピリピリしているのだと思います。疑われている上に次の犠牲者が出たら、マスコミは余計に騒ぐでしょう。責任問題の追及もされるはず。下手をすると、的場さん達の五係が捜査から外されるかもしれません」
「それはまずいな。といっても、次にどこで誰が襲われるかなんて予想できないだろう」
「夜遅くだとはいえ、現場近くの防犯カメラに写っている人物や車などは相当数あるはずです。そこから探し出すなんて無理に決まっています。それに元々写っているとも限りません。次の犯行があったとしても、特定できない場合だってあるでしょうね」
「おい。だったらどうするんだ。俺達は何を調べればいい」
「まずは事件当日、被害者が働いていた店やその後に乗り降りした駅周辺または寄った場所で、そうしたチラシや広告が配られていたまたは置かれていたかを確認しましょう。もし該当するものが無ければ、犯人はもっと前から入手し用意していた可能性が高まります」
「だったら空振りじゃないか。そこからどう犯人にまで辿り着こうというんだ」
「気持ちが
「そうだな。先のことを心配していても始まらない。目の前にあるやるべき行動を取るしかないな。それが遠回りのように見えて、一番の近道だと信じるだけだ」
「そうですよ」
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