第一章~⑬

 意見が一致した所で、最初に最も可能性がある被害者が降りた最寄り駅に向かうと決めた。その為、彼の社有車が置かれた駐車場に移動し乗り込んだ。その後の取材をどう進めるか、打ち合わせを車中でおこなった。

 彼の障害は左足だけの為、運転に全くと言っていいほど支障がない。それどころか昔陸上の選手だった彼は、社会人になってから完全に辞めていた中距離走を、障害を負ってから再び始めた程だ。

 僅かなプライベートの時間には、カーボンなどの特殊素材を使った障害者アスリート用の義足に履き替え、トラックを走るなどして体を鍛えているらしい。その結果、今やパラリンピックに出場できるかもしれないほどの記録を出しているとも聞いていた。

 仕事が忙しく家庭もある為、本格的な練習を行う時間は余り取れないはずだ。もし本気で取り組んでいたなら、あの大舞台に立っていたに違いない。まだ視力を失う以前に見たが、もちろん普段は普通の義足だ。スラックスの下に装着している為、一見分からない。よって取材相手が最後まで障害者だと気付かない場合もあると聞く。

 お昼近くだったため途中でコンビニに寄り、二人はサンドイッチとおにぎり、飲み物を購入した。須依は移動中の助手席でこぼさないよう注意しながらゆっくり食べていると、彼にからかわれた。

「何故ツナおにぎり三つにツナサンドなんだ。大食いはいいとしても、別の味にすればいいだろう。それに何故スポーツ飲料を選ぶ」

「好きだからいいでしょう」

 馬鹿舌と大食漢を鼻で笑った彼はペットボトルのお茶に、おかかと鮭のおにぎりを一つずつ購入したらしい。目的の駅周辺に着いたので、コインパーキングに停車させてから、彼はそれを運転席に座ったまま三分で食べ終え外に出た。

 この業界にいると早食いは仕事における最低限のスキルだ。その為須依も急いで呑み込み、追いつこうと車を降りる。そこで彼は待っていて、手を取り自分の肘に絡ませ慎重に歩き出した。コンビを組むようになって長いからか、この辺りの呼吸に無駄がない。しかも他の人とは断然安心感が違う。

 まずは駅前全体を見通せる場所にあり、被害者が降りた時間帯でも開いていそうな店があるかを彼の目で確認して貰った。交番はなく、ロータリーにタクシーが何台か停まっているらしい。宝くじ売り場やパチンコ店もあるようだが、終電には閉店しているはずだ。

 他の店の様子も説明してくれたが、二十四時間営業のコンビニなど、明らかに遅くまで営業していると分かる店は残念ながら見当たらなかった。こうなると実際に被害者が駅を降りた時間帯に再度訪れなければ、目撃者も含めて発見するのは難しいだろう。

「タクシーの運転手に話を聞くのも一つだが、この時間だと被害者の降りた時間と人が変わっている可能性はあるな」

「もうお昼だけど、もう少し後の時間帯ならずっと夜までいたという人がいるかもしれません。だったら先に駅員さんから話を聞いた方が早いと思います」

「そうするか。彼らならどの店が開いているか、知っているだろう」

 烏森の誘導で改札へと向かい、しばらく歩いた所で彼が声をかけた。窓口から顔を出した人がいたようだ。

「すみません。ちょっといいですか」

「はい。ああ、障害者の方のサポートは、今、ちょっと人員が少ないので難しいですね」

 早合点した相手の対応にムッとしたのだろう。尖った声で言った。

「いいえ、違います。私達は東朝新聞の記者でお伺いしたい事がありまして。でもそれより今の対応はおかしくありませんか。ちょっと見ただけで、頼んでもいないことを先回りして断りましたよね。視覚障害者が来て面倒だと思ったんじゃないですか。あなたのお名前、聞いてもよろしいですか」

 マスコミだと知って驚いたのだろう。おかしな対応をされたなどと、記事に書かれないか心配したのかもしれない。駅員らしき人は慌てた様子で謝った。

「た、大変申し訳ございません。そ、そういうつもりで言ったのではなくて、ですね。あ、あの、取材なら別の担当を呼びますので、」

 烏森はそこで言葉を遮った。

「いいえ、あなたで構いません。ここから見渡せる範囲内で、終電以降も開いているお店があれば教えて下さい。もしご存知ないのなら、他の方にも聞いて頂けると助かります」

 そこで相手が沈黙した。何を問われたのかを理解するまで、時間がかかっているのだろう。そう感じた須依が補足した。

「十日ほど前、終電に乗ってここで降りた女性が、この先の公園の近くで刺殺された事件をご存知ないですか。彼女が改札を通った時間帯、開いていた店はありますか。またはチラシか何かを配るか、屋台など商売をしていた人は見かけませんでしたか」

 そこから次の反応までやや時間を要した。けれどやっと須依達の用件が分かったらしい。

「ああ、そういうことですか。事件直後は警察やマスコミの方が大勢来ていましたけど、最近来なくなったのでようやく静かになったと思っていたんですけどね。これは何度も話しましたけど、あの時間帯に営業しているのはここから離れた場所にあるコンビニ位です。あの時間に私はいなかったので分かりませんが、当時勤務していた人達は何も変わった事なんてないと言っていたはずです」

 再度横柄になったからか、烏森が名刺を取り出し再び噛みついた。

「私はこういう者です。ところでお名前はなんでしたっけ。実は私も障害者なんですよ」

 恐らく左足のスラックスの裾をまくり上げ、義足を見せたのだろう。相手が唾を飲む気配が感じられた。彼はさらに畳みかけた。

「コロナ過になってから、彼女のような視覚障害者を含めた人達が、健常者以上に不便を強いられてきました。それを各障害者団体が、国や自治体に様々な要望書を出しています。駅や公共施設などに対してもいくつかありますけど、それが現状どこまで叶えられているかを取材し、世に知らしめることも私達の使命です。先程は途中になりましたけど、あなたが最初に取られた行動を記事にしていいですか。それとも上の方かどなたかに報告してから、正式に取材を申し込めばいいですか」

「か、勘弁して下さい。先程は失礼しました。申し訳ございません」

 須依は溜息をついた。こういう手を使うのは余り褒められたものでないからだ。記者という筆の力が、その為にあるとは思わない。けれど時にこうして圧力をかけなければ理解しない、または動かない人達が一定数いるのも事実だ。よって話を早く済ます為に、このような手段を選んだ彼の気持ちも理解できる。

 そこで須依は笑みを浮かべ、丁寧に尋ねた。

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