第三章~⑭

 まずはネットで検索し、彼らが今どこに住んでいるかを調べた。こうした事件の場合、被害者の情報はかなり初期の頃から詳細に記載されている。不思議な事に、これは加害者が未成年だった場合でもそうだ。成人していなければ新聞などでは公にされることがない。 

 それでもネット上では、近所に住む人達によって実名が晒され、住所も特定される。けれど被害者は年齢に関係なく、テレビや新聞等で名前が公表され、大まかな住所も公表されていた。

 こうした事情が災いを産んだ。世の中にはおかしな輩がいて、加害者を責めるだけでなく、被害者にも何か非があったのではないかと誹謗中傷する者も少なくない。

 実際に被害者遺族がマスコミや世間の非難を浴び、まるで犯罪者かのように転々と住まいを移り、息を潜めてひっそりと暮らす人達がいるのだ。

 よって中には居場所を知られたくないと考える遺族がいてもおかしくない。けれど現状の報道では何故かそのような配慮がされていない。よって事件当時住んでいた場所は直ぐに特定できた。さらにはそこから住まいを移していることさえ分かったのだ。ネットなどで個人の情報を探りあてる、特定厨とくていちゅうまたは特定班とくていはんと呼ばれる人達がいたからである。やはり彼らも例外ではなかったのだろう。

 そう思うと、やはり被害者周辺でも江盛の行動を非難する人達がいたと想像できる。それなら事件の裏に隠されていた事実について、周辺住民は知っていたかもしれない。

 だったら元凶の由美も間違いなく攻撃されていると思われた。江盛夫妻はあの事件後、住んでいた家を売却した後に離婚。夫は大阪へと移住し、母親は小さな中古の一軒家を借りて住んでいるらしい。息子の位牌などは彼女が所有している事まで分かった。

 そこで私は由美の居場所もネットで検索して調べた所、やはり特定厨達の餌食となっていた。そこから辿ると住所だけでなく、結婚して姓まで変わっていると知った。

 しかも相手は銀行員で子供までおり、裕福な家庭を築き幸せそうに暮らしているという。そんな事まで分かるのかと驚きながらも、ネット社会の恐ろしさを改めて理解した。

 もちろん名前を検索しただけで分かるはずがない。だったらどうして特定厨がそこまで突き止めたのかといえば、彼女のかつての同級生らしき人物によるブログに、そうした内容を仄めかす記載を見つけた為のようだ。特定厨が江盛の所在を探している最中に、偶然発見したものらしい。

 そのブログ主は恐らくかつて由美と同じ中学に通っており、比較的近くに住んでいたのだろうと推測される。しかも死んだ江盛勝治に対し淡い好意を抱いていたらしい。その為彼女に悪意を持っていたと想像できた。だからそうした文章をつづったのだろう。

 しかし彼女の情報は、私のように何とか探り当てようと時間をかけて追跡しなければ得られないものだった。だから銀行員のような高収入を得られる人と結婚できたに違いない。夫が名家のように特別裕福な家庭だったら素行調査などを入れられ正体を知られただろうが、どうにか避けられたと思われる。それでも幸せに暮らしていると分かり、私の胸はざわめいた。

 彼女の友人が抱いていた嫉妬のような感情ではない。先に被害者である江盛の遺族達が、理不尽な仕打ちを被っていた実態に衝撃を受けたからだろう。私や母が受けた不遇とも比較した時、由美の生活だけが余りに偏っていると感じたからだ。

 何ともやりきれない想いと合点がいかなく拭えないモヤモヤとした気持ちは、やがて嫌悪感から怒りまたは憎悪へと変わった。

 その為私は彼女が本当にこうした暮らしを送ってるのかを、この目で確かめようと考えた。そこで仕事が休みの日にこっそり、調べた住所へと向かったのである。

 ネットの情報が全て正しいとは限らない。住んでいる場所も間違っているか、または既にどこかへ引っ越しをしている可能性もある。それに実際はそれほど豊かでなく、人には分からない苦労を抱え苦しんでいるかもしれないではないか。

 そう思いつつ、スマホの地図が指し示す彼女の住む街に近づくにつれ、周囲を見渡し唖然とした。 

 明らかに私が住んでいる地区とは様子が違う。まさしく閑静な住宅地で、立派な一戸建て住宅が軒を並べていた。

 その一角に彼女の家が現れた。表札はネットで確認した通り、新たな苗字に変わっている。しかも二階建てで庭に面したベランダから、洗濯物を干す為に出てきた女性の顔を見て驚いた。明らかにネットで顔を晒されていた人物だと分かったからだ。

 もっと広い敷地で立派な家は他にも沢山あった。その中で比べれば小さい部類かもしれない。それでも私がこれまで生きてきた環境とは余りにも違い過ぎる。周囲の人や彼女に怪しまれないよう、単なる通行人の振りをしながら、ブロック塀に囲まれた庭の中をちらりと覗く。

 そこにはまだ幼い子供達が使う遊び道具が散らばっていた。こういう家庭に育った子は、私が通っていた小学校等の同級生にもいた記憶がある。しかしその子達と仲良く遊んだりした覚えはない。よって家に招かれ遊んだ経験もなかった。

 いつもクラスの中心にいて教室で楽しそうに会話するその集団は、私が所属するグループを笑っているか、無視する奴らばかりだった。明らかに住む世界が違う。はっきりそう言われた事もある。

 過去の嫌な思い出が蘇り、あの女があちら側にいる人間だと分かって頭に血が上った。その想いに拍車をかけたのが、彼女の家を訪れた、ママ友らしき集団だった。

 前や後ろ、または両方に子供を乗せる椅子を付けた電動自転車が、どこからともなくゾロゾロと現れ、彼女の家の周りに停まった。そこから乗っていた幼い子供を降ろし、手を繋いであの女に声をかけて敷地へと入っていく。

 まだコロナ禍は治まっておらず、ワクチン接種もようやく医療従事者や高齢者がほぼ打ち終わり始めた頃だ。

 もちろん若い彼女達はまだほぼ摂取していないと思われる。東京でも第四波のピークが超えたとはいえ、まだまだ油断できない時期なのに、なぜこの人達はこれ程の人数で集まっているのか、理解に苦しんだ。

 一度通り過ぎて様子を見た後、再び折り返し家の前を通った時状況が飲み込めた。暑い日差しと換気の為に開けた窓から漏れ聞こえてくる嬌声によれば、彼女達の子供が通う幼稚園での催し会の打ち合わせの為に集合したらしい。

 だがコロナ禍で中止になるかもしれないと騒いでいた。そこから外食が制限され困っただとか、その分浮いたお金をお取り寄せ商品に回している話題に移り贅沢な物を買うようになっただの、どこのものが良かっただのと自慢を絡ませた情報交換をし始めていた。

 コロナ禍以前もそれ以降もなんとか食費を削り外食などもってのほかと切り詰めてきた私は、いたたまれなくなりその場を離れた。

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