第一章~⑯
また千鶴も被害者を憎んでいたようだ。彼女からすれば娘のせいで和尻と離婚する羽目になったとの被害者感情や、自分の男が手を出したことによる女としての嫉妬もあったと思われる。さらには和尻が殺害された当初、実行犯の米村が単独でやったと主張し続けていたにも拘らず、彼女は娘と同じく警察から共犯者の一人として容疑がかり、しつこいほど事情を聞かれたという苦い経験もしていた。
そこで別れたとはいえ、一度愛しあった男を娘と一緒に他の男を使い殺させたのではないかと騒がれた際、千鶴は激怒したそうだ。娘の客なんて知る訳がない、と店の常連客に愚痴を漏らしていたとの証言もある。
コロナ禍における度重なる酒類提供禁止や営業時間の短縮などで痛手を受けていた中、疑われた影響で一時店の客足が途絶え、売り上げが激減し経済的損失は相当だったとも耳にした。
それなのに当の娘は逮捕されず、のうのうと生活している姿を見て腹を立てたのが動機ではないかと一時期警察も疑っていたようだ。
マスコミもその点を探り、彼女に直撃取材を何度か試みてはいた。けれど警察以外には全然喋ろうとせず、また事件当夜に最後の客となった男の証言から、千鶴は相当酒を飲んでいて足元が
そんな状況で果たして車の運転ができただろうか。また被害者の帰宅を待ち伏せし、一撃で刺し殺すような真似が可能だったかと考察したところ、かなり困難だと判断せざるを得なかったらしい。もちろん自宅周辺から現場までの防犯カメラに、彼女の車は写っていなかった点もそれを後押ししたという。
それでも彼女を取材対象に選んだのは、敢えて怨恨の線で疑った場合、最も濃厚だと須依達の意見が揃ったからである。ただしあくまでもそう仮定したらという条件の上だった。
その根拠としては、事件当夜に彼女のスナックで酒を飲んでいた客達から、被害者の話題が出たという話があった点だ。その際の発言は酷かったという。
「あんな娘、いない方がマシ。生きているだけで邪魔なのよ」
もちろん、そのようなセリフを口にしたのはその日に限らなかったようで、ただの
しかしその日たまたま激しく酔っぱらっていた為、怒りに任せて勢いで彼女を殺しに行ったのかもしれない。車で事故を起こさなかった事や、防犯カメラに写っていなかった点、一撃で刺し殺せたことが全て偶然の賜物だった、または更なる共犯者がいた場合、有り得ない話では無かったからだ。
そこで夜になるのを待ち、客の振りをして烏森と二人で彼女の店を訪ねた。しかしどれだけ気を付けても新規の客は目立つ。騒ぎのおかげで売り上げを失ったからだろう。千鶴だけでなく常連客達まで、マスコミの取材を強く警戒していた。
当初は二人共障害者である点を活かし、疑いから逃れられた。それでも時間が経ち、事件について探りを入れようとした途端、激しく詰め寄られた。
「あんた達、一体何者なの。取材だったら、とっとと帰りなさい。違うというのなら、何か身分を証明できるものを見せなさいよ」
こうなると誤魔化しきれない。下手に嘘を突けば後々厄介なことになる。そうなれば東朝にも迷惑をかけてしまう。よって正直に記者だと名乗り、改めて取材を申し込んだが全く取り付く島もないまま、追い出されてしまったのだ。
「さっさと出てって」
千鶴の援護に回る複数の客からも怒鳴られ、危険を感じ退散するしか無かった。そこで何の収穫もないままではまずいと考え、捕まった米村の関係者も当たってみた。 けれども予想していたが、目ぼしい人物は見当たらない。殺された和尻一也の肉親や親類、友人や女性関係も探ったものの、強い動機を持つとは誰も思えなかった。
こうして怨恨の線についてさえ新たな情報がないまま、第一の事件から約三週間近く経った。他のマスコミや大衆も事件について関心を失いつつあった頃である。そんな時、ついに第二の事件が起こってしまったのだ。
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