第一章~⑰


                  *


 母が死んだ。実の父とは私が三歳の時に離婚した。幼心にも覚えているが、母に暴力を振るう男だった為とても安心した覚えがある。 

 それから正義感の強い新しい父と出会い結婚し、経済的にも少しだけ楽になり母は幸せだったと思う。見た目は熊のように大きく力も強かったが、性格は温和で優しい父だった。私も嬉しかった。母が泣く姿を見なくなり、よく笑っていたからだ。

そんな生活が突然崩壊した。父が人を殺してしまったからである。 

 殴り掛かられ咄嗟に投げ飛ばした所、不運にも相手の頭を打った場所が悪かった。よって病院に搬送された後に亡くなったのだ。私が高校二年生の時だった。

 父はあくまで正当防衛であり、背後にコンクリートブロックがあるなんて気付かなかったと主張し続けた。けれど柔道三段の黒帯保持者だった点が災いしたのかもしれない。また被害者は武器を持っておらず、体格が父より劣っていたことも影響したようだ。

 そうした点を総合的に考慮して過剰防衛に当たると判断され、傷害致死罪が適用された。それなりに情状の余地もあると認められ、下限である懲役三年の判決がでた。 それでも執行猶予はつかず、実刑になったことで父は刑務所に収監された。計画的に人を殺したわけではない。しかし殺人犯となったのは事実だ。

 同情してくれる人もいたけれど、珍しい苗字が仇となった。犯罪者の家族という冷たい扱いを受けた為、世間の目を逃れる為にと父の強い要望もあり、母は止む無く離婚届に判を押した。しかし母の旧姓もありふれた姓ではなかったからだろう。その後も様々な誹謗中傷を受け、とうとう気を病み寝込みがちになった。 

 当然母と同じ旧姓を名乗っていた私も散々な目にあった。元々目を付けられやすかったからだろう。苛める材料が増えたとばかりに、扱いはどんどんとエスカレートしていった。

 無視から始まり、教科書や机、黒板への落書き等を経て、陰口から面と向かっての罵声や髪を引っ張られたり、突き飛ばされたりもした。当然校内だけでは終わらなかった。

 最悪だったのは学校からの帰り道、人気が少ない所を見計らって複数の男達に拉致されたことだ。助けを呼ぶ声を出す間もなく、強引にワゴン車の中へ押し込まれた。気付けば周囲は木々ばかりの場所に停車し、全裸の状態で乱暴されたのである。

 ボロボロになりながら、人気がある場所に着いたのは夜中だった。その姿に驚いた人が警察に通報してくれた。駆け付けた警官と一緒に病院へ行き、診察を受け処置された後に事情聴取も受けた。体調が悪い母の元にも電話をかけたのだろう。

 だが急いで来てくれた母の話を聞き、殺人犯の元妻とその子供だと知ったからか、それまでの接し方が急変した。まるでそういう事情なら、こんな目に遭っても仕方が無いと言わんばかりの態度を取られ、それでも市民の安全を守る警察かと、母は激怒していた。

 その時、そんな感情や気力を完全に失っていた私は、ぼんやりと聞いていただけだった。しかし時が過ぎ、またいつまで経っても犯人が捕まらない状況が続いてようやく気付いた。彼らは犯罪者の家族なんて、最初から守るつもりや本気で犯人を探す気など無かったに違いない。それでも私が襲われた噂だけは、何故か周囲に広まった。そんな状況で登校すればまた何を言われ、また何をされるかと考えたら怖くなった私は学校へ行けなくなった。

 そこで止む無く転校だけでなく特殊な方法を取り、別の姓を名乗ることとなったのだ。しかし不幸の連鎖は止まらなかった。一時身を寄せた家でも腫れものを触るかのような扱いを受け、高校を卒業したら出ていくようにと、何度も言い聞かされた。

 経済的にも最初の離婚した後以上に困窮した。母は名を汚したと全ての親族から見放され、収入もない為貯金を取り崩す生活をしていた。父が獄中で突然心筋梗塞を起こし亡くなってからもそんな日々が続き、やがて底を突き借金まで抱えるようになった。

 私は高校卒業が近づくと、懸命に就職先を探した。借金返済や生活の為にお金を稼がなければならず、それでも病に伏せった母の面倒を看ていた影響で、介護の仕事に興味を持った。その為施設で働こうと決め、資格取得の勉強を始めたのである。

 しかし生活は厳しかった。給与が決して高くない介護施設の仕事は、長い時間拘束される。そこで勉強もしなければならず、体力や精神力を削られ厳しい暮らしを強いられた。それでも家に帰れば母の世話が待っていた。借金の額も減るどころか増えるばかりだった。

 定期的に通う病院代もかさみ、賃貸だった家賃や光熱費だって馬鹿にならない。加えて家の掃除や洗濯、食事の用意など家事もしなければならなかったのだ。そこでお金をもっと稼ぎたかった私は、二十歳になったのを機に裏の仕事を始めたのである。

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