第二章~① 第二の事件

 被害者は前回の事件と同じく女性だが、手嶋てじま由美ゆみという三十二歳の既婚者だった。さらに幼稚園に通う息子がおり、独身だった新原とは条件が異なっている。殺害された時間帯も違った。

 まん延防止措置が解かれ、第六波も落ち着き始めていたからだろう。被害者は週一回、子供を近くに住む自分の親に預け、夕方から夜までヨガ教室に通っていたようだ。ママ友でもあり、夫の勤める銀行の上司の妻でもある人達に誘われたらしい。その帰り道で襲われたという。死亡推定時刻は十九時前後と見られている。

 前回と同じく時間帯がかなり絞られたのは、十八時に教室を出た被害者が帰宅途中に商店街で買い物をし、自宅まで後数分というところで被害に遭った為だ。また十九時過ぎには、いつも息子を預かっていた母親と自宅で合流するという段取りだったらしい。普段から寄り道をした事など無かったので、犯行時刻が特定できたという。

 前回から二十日ほど経った今回の被害者も、包丁のようなもので背中を刺されていた。その上傷跡が同じ形状と判明。恐らく同じ凶器が使われた可能性が高いとの見解を示していた。またコロナ禍におけるマナーを守ろうというチラシを持っていた件も発表された。佐々が仄めかした、秘密の暴露に当たるものだ。

 須依の読みはやはり当たっていたらしい。警察は二つの事件に関連性があり、同じ愉快犯による連続殺人だとマスコミに公表する為、この点を明らかにした。そうしなければ前回の事件が怨恨だとか、警察関係者の犯行だという噂を払拭できないと考えたのだろう。

 とはいっても、まず被害者の人間関係を洗う捜査は欠かせない。身辺を探り、念の為恨んでいた人物がいないかは確認したようだ。

 そこでここ最近については目ぼしい話が見つからなかった。けれど被害者が独身で旧姓の美浜みはまを名乗っていた頃、中学時代の同級生からストーカー被害を受けており、警察沙汰になっていた事が明らかになった。

 しかし江盛えもり勝治かつじ、当時二十四歳だったストーカーは、助けに入った被害者が勤務していた会社の上司に投げ飛ばされ、頭を打ち死亡している。上司の名は多賀目たがめ良晴よしはるといい、過剰防衛と過失致死で服役したそうだ。けれど彼は刑務所内で病気になり、六年余り前に死亡。さらに事件自体が約八年前である点から、今更その関係者が今回の被害者を逆恨みし殺したとは考えにくいと見られた。

 念の為に関係者の親族を探したようだが、まず江盛は独身で兄弟もおらず両親は事件後に離婚しており、母親は一昨年病死していた。父親は大阪にいたと証明され、アリバイは成立していたらしい。

 多賀目の戸籍を取り寄せたところ、事件当時に智子ともこという妻がいたけれど、同じく事件後に離婚していると分かった。その上彼女も一昨年病死していると判明した。

 子供は再婚だった智子の連れ子が一人いた。だが多賀目の起こした事件の影響もあり、複雑な家庭事情が絡んでいたからだろう。良晴の母の養子となり苗字を変え、さらに戸籍から抜けるいわば分籍をしていたようだ。また母親の死後は頼る身内もなく暮らしていたようで、現在所在は不明らしく確認中だという。

 しかし手嶋由美と新原明日香との接点は全く発見できなかった為、凶器や残されたチラシにより、やはりマナーを守らない人物を狙った愉快犯による無差別連続殺人だと考えられた。

 そこで明日香の事件と同様、現場周辺に防犯カメラが無かったことから、被害者の通った商店街周辺などの防犯カメラを回収し確認した所、大きな問題が発生したのである。というのも犯行時間より二時間前とずれてはいたが、なんと的場の弟である秀介の姿が映っていた為、参考人として名前が挙げられてしまったのだ。

 彼が現在一人で住んでいる家は、現場からかなり距離があり、仕事を請け負っている会社とも方向は全く違った。そこから疑いが深まったらしい。

 彼は出版社など複数社からインタビューや講演または会議などで録音された人の言葉を聞き取り、その内容を文章にする仕事を行っていた。須依も同じ仕事を請け負っている。目が見えずとも音声読み上げ機能を使えば、そうした作業ができるからだ。外での取材が無い時は、東朝新聞から事務作業の一環で文字起こしを行っていた。

 今ではアプリの精度が上がり、そうした手間をかけずに済むようになった為、文字起こしの仕事依頼は少なくなっているという。それでも重要なものほど最終的には正しく文章として成立しているかを人の目で確認する必要があり、それなりの仕事はまだあるらしい。 

 基本的には依頼先からパソコンを通じ音声データが送信され、それを文章に直したものを返信する。その為基本的に仕事場は自宅だ。 依頼先の会社に出向く場合もあるが、滅多にないという。そのような事情から、生活圏でなく観光地でもない犯行現場の近くに、視覚障害者が立ち寄る用事などまずなかった。

 兄の聡は二人目の子供が生まれてからローンを組み、都内に近い千葉の一軒家で家族と住んでいる。また両親が一昨年相次いで死亡しコロナ禍でもある為、最近は余り実家に顔を出していないそうだ。 

 けれどそんな彼自身が防犯カメラに映る秀介を発見し、こんな場所にいるのは有り得ないと断言。そこで不審に思った彼や捜査員は時間帯を相当広げ前回の事件の際に押収した防犯カメラの映像を再確認したという。するとここでも死亡推定時刻からは大きく外れていたものの、事件翌日の早朝に彼が映っている姿を見つけたのだ。

 そんな時間のその場所に、秀介がいる理由は考えられないと的場が再び証言した。彼の仕事内容だと決まった時間に縛られない為、隙間時間を使って自由に外出できる。それに視覚障害歴が三十年となれば、一人で夜遅くコンビニに出かけたり、朝早く散歩したりも可能だ。実際彼は一昨年から一人で暮らしている為、彼の行動を把握する者は誰もいない。

 基本的に三度の食事は自分で作っていたようだが、外出した先で食べる事もままあるという。その為捜査一課第五強行犯係は秀介を任意同行し、警視庁の取調室へと呼んだらしい。そこで更なる問題が発生した。

 彼は当初、素直に応じ部屋に入ったものの、肝心の事件における犯行は明確に否定したが、行動についての質問を始めた途端、完全黙秘を始めたのだ。これには的場も驚いたという。よって上司の特別な許可を得て、取調室に立ち会い協力するよう促したそうだ。


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