第二章~⑥

「勘弁してくださいよ。参事官の悪口を言っていたなんてばれたら、大目玉を食らいます。肩身の狭い思いをしている中で、気にかけて下さる数少ない方ですから」

「いいじゃない。私が勝手に口走っているだけで、あなたは単なる聞き役でしょう。それに彼と知り合って、もう二十五年の付き合いだから。この程度で壊れる関係じゃないし、彼もこういう私を上手く利用しているのよ」

「それはないと思いますけど。参事官のような人が、数多あまたいるノンキャリア警部補の一人に目をかけるなんて、普通はしませんよ」

 庇う彼の言葉に首を振った。

「あの人は上を目指す野心家だけに、その点は抜かりないの。自分に利がないことはしない人よ。だけど自分だけ得をしようとも考えない。今回の件だって私に捜査情報を流し、警察が手出しできない点を探ろうとしている。何か出てくれば、取材している立場としてもスクープをものにできるし、事件の早期解決に繋げられる。そうすれば的場さんの助かる道が見つかるかもしれない。彼にとっても自分達が発見し、抱えてしまった案件が一つ片付く訳だから」

「事件に深く関わる事実が、その施設から出てくると思いますか」

 不安げな声で尋ねられたが、首を捻った。

「それは分からない。警察の捜査も同じでしょうけど、まず確認して可能性を一つ一つ潰していくだけ。気持ちは分かるわよ。単に秀介君のプライベートな情報しか出てこないかもしれないからね。それは兄として余り知りたくないことでしょうから」

彼は肯定した上で、再びお願いしてきた。

「そうなんです。だからもし事件に関係ないと判明したら、公表を控えて頂けますか」

「当然よ。私や烏森さんは新聞記者だもの。下衆な大衆記事で商売するような雑誌記者とは違う。もちろん私はフリー記者でもあるから、情報を余所に売ることもできる。それなりのお金にはなるでしょうしね。でもそれは記者としての矜恃に関わるだけでなく、秀介君を晒し者にするだけ。そんな真似はしたくないから」

「そう言って頂けると助かります」

「佐々君もそれが分かっているから、あなたを通じて情報を流すよう促したんだと思うよ。自分で言わないところが彼らしいでしょ。万が一、マスコミに漏洩したとばれた場合でも、あなた止まりになるよう予防線を張っているんだから」

「それは当然です。参事官は私の身を案じてくれたのですから。このまま何もしなければ、刑事を辞めなければならなくなるでしょう」

 だからそう思わせるところが彼の手なのだと思ったけれど、敢えて口にはしなかった。的場からは、警察による聴取がどの程度まで及んだのかを確認した。そこで必要事項以外にも驚くべき事情まで聞き出すことができ、話が終わった時点で別れたのである。


 須依が記者クラブのブースに戻ると、待っていた烏森が出迎えてくれ、小声で言った。

「どうだった。話は聞けたか」

 周囲に他の記者がいた為、軽く手話を交わす。それを見た彼は、いつものように須依の先導をしてくれ、駐車場に辿り着いた。そこに停車している彼の車に乗り込み的場からの情報を大まかに伝えたところ、いくつか質問を受けた。

「障害者専用の風俗か。一度何かで調べた事がある。確か非営利組織だったよな」

「有名なのはそこですけど、秀介君が利用していたオーバーカムは、表向き障害者のサポートセンターになっています」

「彼はそういった施設を、普段利用していなかったんだよな。なのに最近月一回か多い時だと二回ほど連絡を入れていた形跡があった。それを不審に思った警察が調べたって訳か」

 時期的には一人暮らしとなり、しばらく経ってかららしい。両親を突然亡くし生まれた喪失感を、そうした行為で埋めようとしていた可能性に的場は言及していた。須依もまた同じように考えていた。

「はい。それでサービスの一つとして、性的ケアをしている情報を掴んだと聞きました。しかし風営法に引っかかるので、相手はあくまで一部の利用者に対するボランティアだと主張しているようです」

「当然だな。利用者だって、そんな用途で使っていたとは知られたくないだろう。だからそう簡単には証言も取れない確率が高い。でも警察がよくそんな情報まで入手できたな」

「それは大きな声で言えませんが、あまり褒められない方法を使ったようです。だから強引な捜査は出来なかったのでしょう」

「どういうことだ」

「オーバーカムに勤めているガイドヘルパーの一人をマークして、別件逮捕したそうです。それを取引材料にして情報を得たのでしょう。どんな罪を犯したかまでは教えて貰えませんでしたが、彼の口振りだと通常なら逮捕されない程度の事だったと思われます」

「転び公妨かもしれないな。褒められないどころかこの情報を他のマスコミにリークしたら、下手するとその刑事や指示をした上司の首が飛ぶぞ。よくそんな話を教えてくれたな」

 転び公妨とは意図的に相手から押され転倒または怪我をしたと言い、公務執行妨害だと言いがかりをつけるやり口だ。警察という絶対的国家権力をフル活用した荒業である。通常は明らかに暴力的なふるまいをしたり、間違いなく薬物使用または所持などをしていたりして、緊急性が伴う為に止む無く発動されるケースが多いと聞く。

 だからこそ違った状況で使えば、職権の乱用でしかないのだ。そんな裏事情を明かしてくれたのは、それだけ今回の相手が警察にとって難敵で、どうしてもマスコミの力を借りなければならないと判断したからだろう。同時に須依達を信頼している証でもあった。

 けれど須依はそれだけでないと睨んでいた。今回の件には佐々がいるCS本部が絡んでいる。彼らなら本気を出せば、探りたい企業のシステムをハッキングしてでも情報を得られるだろう。今回、佐々主導で須依に流している状況から推測すれば、その可能性は高いと踏んでいた。

 そう説明すると彼は納得したらしい。それから本題へと移った。

「それで、須依はどうやって取材を申し込むつもりだ」

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