第一章~⑤

「事件当夜の時間帯なら、歩いている人は相当少ないでしょう」

「駅周辺はそうでもないです。ただ自宅周辺は、全くと言っていいほど映っていませんでした。もし愉快犯だとしたら、発作的にやったとしてもどこかで被害者に目を付けたはずです。だから写っていてもおかしくないんですけどね」

「でも防犯カメラの無い場所で刺したのだから、土地勘はあったんじゃないの。もちろん事件関係者は映っていなかったのよね」

「今の所、確認できていません」

「的場さんは怨恨と愉快犯、どちらが濃厚だと思っているの」

「予断は禁物ですが、現時点では愉快犯の可能性が高いと思っています。しかしそうなると、凶器も見つかっておらず、現場に残されたゲソ痕や遺留品などは限られているので、かなり苦戦を強いられるでしょう。実際そうなっていますが」

「そうなんだ」

 夜遅かった為、目撃者もいないと聞いている。刺された際にそれなりの声を出しただろうが、誰も耳にしていないという。これはマスコミ各社が、周辺における一斉取材をしてもでてこなかったそうだ。よってその線には期待が持てない。

「それにしても愉快犯だとしたら、他に大勢対象はいたはずです。それがよりによってあの新原明日香が狙われたのですから、偶然だとしても厄介ですよ。マスコミは怨恨の方が大衆の気を引いて話題になるからと、そればかりです。ああ、もちろん須依さん達が違うのは分かっていますよ」

「ありがとう。でもそうだよね。烏森さんの話では、東朝の編集部でもそっちの路線を押す声が多かったみたい。それを怨恨と愉快犯の両面を公平に扱うよう、なんとか働きかけて了承されたと聞いたわ。当然よ。系列の週刊誌やテレビ局は、売り上げや視聴率を見込んでいるからある意味しょうがないけど、新聞は別だから」

「新聞でも、怨恨の線を強く推している社がありますけどね」

 須依は激しく首を横に振り、はっきりと主張した。

「それは邪道。もちろん新聞社だって営利企業だから、部数は伸ばしたい。でも他の媒体と違い、一つの刑事事件の扱い方だけで左右されるものではないから。それに他の記者達もそうだけど、あくまで真実を伝えるのがマスコミの使命でしょ。その為に綿密な裏取り取材が必要なのよ。それをないがしろにし、憶測だけで記事を書くのはマスコミとしての矜持がない証拠でしょう」

「須依さんのような方達ばかりだと私達も助かるのですが、現実は上手くいきません。といって事実の裏付けをする為でも、捜査情報は教えられませんけど」

 味方に付けようと熱く語ってみたけれど、須依の意図は読まれていたらしい。しっかり釘を刺されてしまった。しかしこの程度の反応は想定内だ。そこで話題を変えてみた。

「分かっているわよ。愉快犯だとしたら、私達がいくら取材しても警察より先回りはできない。警察発表を待つしかないでしょう。でもそれだと的場さん達の力になれない。だから憶測の中にあるデマを含め怨恨の可能性を潰す記事が書ければ、間接的には援護射撃になると思うんだけどな」

 彼は眉をひそめた。

「それはそうですけど、警察関係者のアリバイの確認状況なんて教えられませんよ」

「もちろん、そんな事は聞かないので安心して。ただ確認が出来ればいいの。それも今回じゃなく、和尻一也が殺された事件についてよ。そもそも怨恨の話題は、あれがあったから生まれたんでしょ」

「そうですけど、今更あの事件の何を確認しようというんですか」

 ここで須依は鎌をかけた。

「そもそも新原明日香は和尻殺しの共犯なのかな。実行犯の米村が彼女に惚れていたという証言は、私達も取材して複数確認できているから間違いないと思う。でも米村に殺すよう促した証拠がなかったから、的場さん達は彼女を解放した。捜査本部の一部では、強引にでも逮捕して自白させろという声が上がったようね。だけどしなかった。できなかったんじゃなく、米村が勝手に彼女の意志を忖度してやったからじゃないの」

 彼は言葉を詰まらせた。警察発表ではこの点を明確にしていない。その判断を検察に委ね、その後に開かれるだろう裁判で真実が明らかになると期待していたのではないか。そう睨んでいた。

 一人でやったと言い張る彼も、時が経ちまた検察による長く厳しい取調べを受ければ、彼女を庇っていたならやがて気分が変わり、証言を覆すと睨んだ可能性があった。他のマスコミでそう主張している記事を目にしたが、須依も同じ考えを持つ一人だ。

 何故なら共犯や教唆きょうさの場合、確実な物証や主犯の自白が無ければ立件は難しい。今回もメールやSNSでのDMダイレクトメッセージにより、殺して欲しいなどといった会話は残っていなかったと聞く。そこはさすがに気を付けたのだろう。

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