第2話:喧騒
赤穂城大広間に国家老である大石内蔵助を筆頭に全ての家臣たちが集結した。総登城の触れもあって全員が合戦間近の様相であった。大石はその様子を眺めた後に静かに語った
「各々方、江戸より知らせがあった。畏れ多くも主君、浅野内匠頭様が殿中にて吉良上野介に対して刃傷沙汰を起こした。」
「「「「「なっ!」」」」」
刃傷沙汰と聞いた大野以外の家臣たちは驚愕した。更に大石は続けた
「その日のうちに御預け先である田村邸の庭先にて浅野内匠頭様は切腹、浅野大学様は閉門、赤穂藩は改易と相成りました。」
「「「「「何と!」」」」」
「殿が切腹だと!」
「しかも庭先で!」
「赤穂藩お取り潰しだと!」
「御家老、吉良家の処分は!」
「吉良家はお構いなしだ。」
「何だと!」
「喧嘩両成敗を否定するが如く裁定じゃ!」
「そうだそうだ!」
「静まれ!静まれ!」
案の定、大勢の家臣たちは蜂の巣をつついたかのような大騒ぎであった。喧噪とした中で五十嵐は静かに聞いていた
「(殿が切腹、御家が断絶した。そうなれば新しい仕官先を探さねばならないな。)」
五十嵐は主君の死や御家断絶よりも次の仕官先に向けて考えを向けていたが五十嵐の周りは相も変わらず喧噪としていた
「御家老、殿が切腹、大学様は閉門、赤穂藩は御取り潰しともなれば、次は城明け渡しは必定!」
「左様、我等は心血を注いで築いたこの城をみすみす公儀の手に渡してはなりませぬ!」
「そうだそうだ!」
「こうなれば我等も殿と共に追い腹を切るぞ!」
「いや、最後の1人になっても戦い抜くぞ!」
「静まれ、静まれ!」
上役たちが必死で家臣たちを宥めていると大野が口が開いた
「公儀に歯向かえば我等は逆賊、世間の笑いものとなる。ここは神妙に城を明け渡し、浅野大学様の赦免と浅野家再興にかける他はない。」
「「「「「何!」」」」」
大野の発した言葉に耳を疑った。その中で原惣右衛門等は真っ先に異を唱えた
「我等は亡き殿にお仕えしていたのだ!公儀に仕えていたのではない!」
「大野殿は殿のお引き立てもあって今の地位があるのであろう!」
「そうだ!本来であったら新参の身分でありながら大野殿は城代家老に出世したのは異例中の異例だ!」
「ここにきて臆病風に吹かれたのか!」
「某はありのままの事を申したまでの事だ。今は公儀に恭順し浅野家再興を目指すのが筋ではないのか?」
「黙れ!命が惜しいからそのように申したのであろう!」
大野の唱える浅野家再興に五十嵐は「浅野家再興なんてできるわけがない」と鼻で笑った。大野は言っている事がどこまでが本当でどこまでが嘘なのかは分からない。そんな中、ヒソヒソ話が聞こえた
「御家再興が叶っても仕官が叶うのは二十数名、満足な禄も叶わぬかも知れん。」
「禄の云々を申しているのではない。武士の面目に関わる事だ。」
「まあ、軽輩の身分には縁のない話だな。」
中には五十嵐と同じく仕官目的の考えやあくまで武士の面目、武士の意地を貫く者もいた。そんな中、1人の武士が立ち上がった。その男の名は萱野三平重実である
「畏れながら武士というものは主君に仕える者、主君に忠義を尽くすものと考えます。」
「何が言いたい?」
萱野の発言に大野が疑問を持つと萱野の発言を理解した者は続々と発言をした
「萱野殿は最後まで忠義を尽くすよう申されたのだ!」
「そうだ、殿が死ねば家臣である我等も後を追うのが筋というもの!」
「こうなれば全員、追い腹を切って公儀に抵抗だ!」
「城を枕に討ち死にしようぞ!」
「そうだ、そうだ!」
追い腹、城を枕に討ち死にという言葉に反応し続々と名乗りを上げた。大野はこれ以上、手に負えないと判断したのか大石に判断を委ねる事にした
「大石殿、如何される?」
「・・・・私の意見は。」
先程まで喧騒としていた雰囲気だったが大石が口を開く共に嘘のように静まり返った。
「まずは江戸にいる藩士たちが戻ってくるのを待とう、話はそれからだ。本日の評定はこれまでとする。」
大石の宣言により本日の評定はお開きとなった。五十嵐は赤穂城を後にして真っ直ぐ屋敷へ戻ろうとした瞬間、大野に呼び止められた
「五十嵐。」
「大野様。」
「話がある。」
「はっ。」
五十嵐はそのまま大野の屋敷へ向かった。その道中で大野は五十嵐に対して「評定では一度も発言しなかったな」と尋ねてきた
「はっ。最早、公儀が決められた以上、抵抗しても無駄と感じたまでにございます。」
「ふっ、血気に逸る無骨者よりは話が分かるな。」
「畏れ入ります・・・・大野様、浅野家再興の事、本当にお考えにございますか?」
「ああ、勿論だ。」
「望みは極めて薄うございますぞ。」
「それでも一縷の望みはかける。」
「もし御家再興が叶わぬ時は如何されるのですか?」
「その時は別の道を見つけるわ。」
「左様にございますか。」
そうこうしているうちに大野の屋敷に到着した。屋敷に案内された五十嵐は大野の私室に入った。奉公人がお茶を出した後、大野が「2人で話がしたい、誰も入れるな」と奉公人に命じた後、大野が本題を話し始めた
「さて五十嵐よ、血気に逸る無骨者たちは城を枕に討ち死にするつもりだ。」
「でしょうな、原様を中心に騒ぎ立てておりましたからな。」
「うむ、そこでワシは芸州広島浅野本家に密書を出そうと思う。」
「密書?」
「ああ、血気に逸る無骨者たちを止めるためにだ。」
「浅野本家は動きましょうか?」
「ああ、分家が公儀に弓引くと聞けば真っ先に止めに来るだろう。」
「ですが大野様、密書の事が露見すれば大野様が真っ先に狙われますぞ。」
「覚悟の上だ。」
「・・・・それで私に何をせよと?」
「そなたには血気に逸る者たちを監視してほしいのだ。」
大野の口から原惣右衛門等の主戦派の監視を命ぜられた五十嵐は・・・・
「原様たちを監視するのですか?」
「そうだ、原惣右衛門の他に一味する者たちをあぶりだすのだ。」
「その事を浅野本家に知らせると?」
「その通りだ。」
「して見返りは?」
「浅野本家にそなたの世話を口利きしてやろう。」
「・・・・できるだけの事はやってみます。」
「頼んだぞ。」
「ははっ。」
水面下にて赤穂の者同士の暗躍が始まるのであった
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