第14話:接近
大石内蔵助は無事に江戸に辿り着いた。先に到着していた大石主税等は一日千秋の思いで待ちわびていた
「父上!」
「主税、よくぞ役目を果たした。」
「「大石様!」」
「弥兵衛殿、安兵衛。」
「大石様、この時が来るのを一日千秋の思いにて御待ち申しておりました(*T^T)」
「弥兵衛殿、苦労をかけたな。」
「大石様、義父は大石様はまだかと落ち着きがなくて苦労致しました。」
「そうかそうか。」
「大石様。」
「ん、そなたは矢頭長助の・・・・」
「はい、矢頭右衛門七にございます。」
「そなたがここにいるということは長助は・・・・」
「残念ながら・・・・」
「そうか。」
矢頭長助とは赤穂藩で勘定方として働き、大石からの信頼が厚かった。赤穂藩開城後は大坂の堂島に移住したが病が重く寝たきりの状態が続き、45年の生涯を閉じたのである
「父は最期まで大石様のお役に立てなかった事を悔いておりました。」
「そうか・・・・そういえば家族はどうした?」
「はい、大坂の知人に母と妹たちを預けました。」
「それでそなたが父の代わりという事か。」
「はい、父の代わって殿の御無念を晴らしとうございます!」
「父上、私からもお願い申し上げます。」
「「「「「御家老、何卒!」」」」」
息子の主税だけではなく堀部たちも加勢し仇討ちの義盟に加わりたいという姿勢に内蔵助は了承した
「ワシも息子の主税を仇討ちに参加させているからな。」
「では!」
「そなたも加える。」
「有り難き幸せ!」
「良かったな、右衛門七!」
「はい!」
内蔵助はここまで来るのに色々と苦労を重ねたが今となっては亡き主君の無念を晴らすという思いで江戸に来た以上、後には引けぬ思いであった
「皆、ここから先は修羅の道だ。引き締めて掛かれ!」
「「「「「ははっ!」」」」」
「大石が江戸に入りました。」
「そうか。」
大石内蔵助が江戸に入った事が柳沢美濃守吉保の耳にも入っていた。柳沢の私室にいた柳沢美濃守、細井広沢、正親町町子はここが正念場と見ていた
「広沢、大石に吉良の事を伝えよ。」
「茶会と米沢移住にございますな。」
「そうだ。」
「不躾ながら大石が江戸に入った事を吉良家に伝えましょうか?」
「吉良家とてそこまで愚かではあるまい。わざわざ知らせるほどでもあるまい。」
「ではそのように・・・・」
広沢が柳沢美濃守の私室から退出した後、今度は町子が話し掛けた
「殿様、町奉行、目付、公儀隠密は如何なさるおつもりですか?」
「大人数でも咎めぬように手配はしておく。公儀隠密には監視と報告をさせれば良い。」
「上杉の援軍は?」
「吉良家の縁者を使者として遣わし、援軍を止めさせる。」
「最後に1つ、吉良家には大石が江戸に入った事をお知らせしなくてよろしいのですか?」
町子がそう言うと柳沢美濃守は町子の方へ目線を変えた
「伝えて欲しいのか?」
「その方が面白いではありませんか、浅野と吉良、江戸を舞台に虚々実々の駆け引きが見物ですわ♪」
「やれやれ、そなたと言う奴は・・・・」
町子の返答に柳沢美濃守は呆れつつも、茶目っ気に溢れた考えに乗るのも悪くないと思った
「さて、吉良家はどう出るかな?」
「大殿、柳沢美濃守様から御達しがございました。」
「してその御達しとは?」
「大石内蔵助が江戸に入った由にございます。」
「そうか、大石が・・・・」
大石が江戸に入った知らせは吉良上野介の下にもたらされた。吉良上野介もここが正念場だと覚悟していた
「柳沢美濃守様は誠に信頼できる御方じゃ。わざわざお知らせ下されたのだから。」
「左様にございますな。」
吉良家の方でも大石内蔵助の動向を探っていたが確かな情報が入ってこず、不安が募ったがここに来て柳沢美濃守からの知らせに安堵しつつも大石が江戸に入った事で警戒を強めた
「大殿、江戸は将軍のお膝元にございますれば、町奉行、目付、公儀隠密の役割にございます。」
「分かっておる。」
「それと米沢藩にもこの事を伝えまするか?」
「そうだな、綱憲はワシの息子ではあるが一廉の大名でもあるからな。軽挙な行動はするなと注意せねばな。」
「御意。」
「色部、大石が江戸に入ったそうだ。」
父である吉良上野介から知らせが聞いた綱憲は早速、江戸家老でたる色部又四郎を呼んだ。大石が江戸に入った事は弥一とお凛から事前に知らされていたため別段、驚きはなかった
「殿、くれぐれも早まった真似はなさいませぬように。江戸は畏れ多くも上様のお膝元にございます。」
「父からも軽挙妄動は慎めとの御達しがあったがやはり心配だ。」
「御公儀は既に大石の動きを掴んでおります、後は御公儀に任せる他はございません。」
「うむ・・・・そうじゃ、当分の間は我が藩邸に匿う事としよう。色部、手配せよ。」
「・・・・御意。」
色部は淡々と命に応じつつ、どうにか上杉家の存続と吉良上野介の排除の両方を考えつつ、弥一とお凛を呼んだ。何故か知らぬが文箱を持って・・・・
「御呼びにございましょうか?」
「うむ、殿は吉良の隠居を当分の間、匿う事となった。」
「左様にございますか。」
「ワシとしては迷惑至極であるが最後の茶会までは我慢するしかない。」
「して我等に何を?」
「うむ、大石にこれを渡せ。」
色部が持っていた文箱を置いた。弥一は「中身は」と尋ねると色部は「ちこう」と手招きした。弥一とお凛は色部に近付くと色部は小声で中身を言うと、2人はぎょっとした表情で色部を注視した
「ご、御家老・・・・」
「よ、宜しいのですか。」
「構わん、上杉家の為じゃ。もし露見すればワシが腹を切る。」
「では。」
弥一は文箱を持つと、お凛と共に音1つ立てずに消えた。2人が去ったのを確認した色部はそのまま屋敷の中へ入っていたのである
「吉良が米沢移住だと・・・・」
細井広沢から吉良上野介が米沢に移住するという知らせを聞いた大石内蔵助たちは茫然とした
「米沢移住は不味い!決行を早めなければ!」
「最後の茶会についての情報も掴まねば!」
堀部安兵衛や片岡源五右衛門を始め、周囲にいた同志たちも一気に殺気立った。大石内蔵助はすぐさま大高源吾にある命を下した
「源吾、そなたには四方庵宗徧の弟子になってもらうぞ。」
「四方庵殿の・・・・」
「ああ、四方庵宗徧は吉良上野介の茶の師匠だ。吉良の茶会には必ず出席する筈だ。」
「畏まりました。」
「伊助、小平太。」
「「はい!」」
「そなたは引き続き、吉良家の探索を続けてくれ。」
「「ははっ!」」
前原伊助は吉良家の近くで米屋を経営、毛利小平太は吉良家の使用人として活動しており、2人にとっては責任重大な立場であった。特に毛利小平太は吉良上野介と吉良左兵衛の顔を知る唯一の人物であり、非常に頼りにしていた
「(さて、ここが正念場だ。)」
風雲急を告げるが如く、激しさの中で大石内蔵助は不破数右衛門と吉田忠左衛門と堀部安兵衛と共にとある用事を済ませた後、ふと不破と堀部が気配に気付いた
「大石様、私は野暮用を思い出したので失礼します。」
「そうか。」
「道中、気をつけてな。」
「はい、堀部殿、後は任せた。」
「心得た。」
堀部安兵衛に大石内蔵助と吉田忠左衛門を任せると不破はその場を立ち去った。大石たちが動き出すと例の気配が大石たちの後を追った。大石たちが人気のない場所へ入っていくと大石たちの後を追うように入った途端・・・・
「動くな。」
弥一とお凛は大石内蔵助等の後を追ったが途中であの不破数右衛門と大石等が別れ、不破は別の方向へと向かった
「弥一様、あの男は厄介です。」
「うむ、もしかしたら我等を待ち伏せしているかもしれん。」
「どう致します。」
「こうなればあえて死中に活を求めるしかない。」
「やるしかありませんわね。」
弥一とお凛は覚悟を決めて大石たちの後を追うと大石たちが人気のない場所へと移動した。弥一とお凛は大石たちの後を追うと、後ろから不破の「動くな」との声に反応し立ち止まった
「お前たち、いつぞやの忍びだな。」
「待て、我等は大石内蔵助殿にこれを渡すために参ったのだ。」
「渡したいもの・・・・だと?」
弥一がそう言うとお凛が例の文箱をそっと置き、距離を取った。不破は不審そうに中身を尋ねた
「中身は何だ?」
「そなたにとっては必要不可欠なものだ。」
「信じられぬな。」
「我等はさる御方の命で動いただけの事だ。決して危害を加えるつもりはない。」
不破は警戒を解かずにいると、そこへ大石たちが現れた
「大石様!」
「不破、刀を収めろ。」
大石に命じられた途端、渋々ながらも不破は刀を収めた。すると大石が弥一とお凛を尋ねた
「そなたらはどこぞの家中の者だ?」
「それは言えぬ。言えぬがさる御方は貴殿にこの文箱を差し出すとの所存だ。」
「・・・・不破、文箱を取れ。」
「はっ。」
不破が文箱に近付いていった。堀部安兵衛はいつでも斬りかかれるように身構えつつ、不破は文箱を手にした。それを確認した大石は「確かに受け取ったぞ」と言うと・・・・
「我等の役目は終わり申した、では此れにて御免。」
そういうと弥一とお凛は音もなくそのまま姿を消した
「大石様、何者か知りませぬが我等に味方しておりまするな。」
「我等にとって必要不可欠なものと申しておったからな。」
「大石様、長居は無用です。」
「ここを引き払いましょう。」
「そうだな。」
大石たちはすぐその場を立ち去るのであった
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