第13話:疑心暗鬼

「お爺様、母上、御無沙汰しております。松之丞改め、大石主税にございます。」


「うむ、よう来た。」


「立派になりましたわね。」


「奥方様、お久しゅうございます。」


「御無沙汰しておりまする。」


「「「「「お久しゅうございます。」」」」」


「忠左衛門様、十内様、皆様、お久しゅう。」


大石主税等は母であるりくの実家である豊岡に訪れた。主税は久し振りに会う祖父の石束宇右衛門と母に懐かしさが込み上げていた


「ささ、立ち話も何ですから中でどうぞ。皆さまも遠慮なく・・・・」


「はい。」


「「「「「御厄介になります。」」」」」


主税たちは石束家の好意で一泊する事となった。主税は弟の吉千代、くうとるり、そして今年の7月に生まれた大三郎と対面した


「大三郎、兄の主税だ。」


「わふ。」


主税は大三郎を抱き上げた。亡き主君の無念を晴らす事になり、場合によっては戦死するかもしれない。こうして生まれたばかりの弟と会うのも此度は最後になる


「兄上。吉千代にも構ってくだされ。」


「「兄上。」」


「これ、兄上は旅の疲れが残っているから後になさい。」


「いいえ、御心配なく。さあ、久し振りに遊ぼうか。」


「「「わ~い!」」」


「ふえええん。」


「すまんな、大三郎。」


主税は弟と妹たちと遊んでいると、ふと父が祖父(石束宇右衛門)に渡して欲しいという書状を思い出した


「すまんな、これからお爺様に渡さねばならぬものがあったんだ。少しの間、待ってくれ。」


「「「は~い。」」」


そういうと主税は書状を持って祖父のいる部屋に辿り着いた


「主税にございます。」


「おぉ、入れ。」


「失礼致します。」


中に入ると煙管を吸っている宇右衛門がいた。宇右衛門は一旦、煙管を煙草入れの中にバンバンと煙草カスを捨てた後、煙管を仕舞い、主税と向き合った


「如何した。」


「はい、父がお爺様にこの書状を渡してくれと仰せにございます。」


主税が渡した書状には厳重に封をしてあり、宇右衛門は何かあると察知したのである


「うむ、御苦労。主税、これからどこへ参るのだ。」


「江戸にございます。」


「江戸・・・・か。何をしに参るのだ?」


「はい、亡き浅野内匠頭様の墓前にて御挨拶をと。」


「・・・・それで大石殿は?」


「はい、父も後から参るとの事にございます。」


「そうか、御苦労であった。」


「はい、ではこれにて失礼致します。」


「うむ。」


主税が部屋を退出した後、宇右衛門は早速、封を切り書状を広げ内容を拝読すると・・・・


「・・・・離縁。」


中身はりくとの離縁であった。それだけではなく吉千代は出家、大三郎は他家の養子入りをするよう書状に認めていた


「まさか・・・・」


一方、主税は兄弟たちと遊んだ後、夕食を頂き、風呂に入って旅の垢を落とした。その後、母と兄弟たちと共に就寝した


「主税、お休みなさい。」


「母上、お休みなさい。」


弟たちは静かに眠り、次に主税が眠った。りくは我が子の寝顔を見つつ、自身も眠りについたのである。その後、朝食を頂き、旅の準備を済ませた後、主税たちはりくたちの見送りを受けた


「お爺様、母上、行って参ります。」


「「「「「御世話になり申した。」」」」」


「うむ、道中気を付けてな。」


「主税、風邪は引かないようね。」


「はい。」


「「「兄上!」」」


「お前たちも元気でな。」


「「「はい!」」」


「主税殿、参りましょうか。」


「はい、では。」


主税が屋敷を去った後、宇右衛門はりくを呼び出し、例の書状を見せた。りくは最初、驚いたが書状の内容を拝読するうちに、ある事に気付いた


「父上、吉千代を出家、大三郎を他家へ養子、これはまさか・・・・」


「うむ、そういう事になるな。」


「旦那様・・・・」


「取り敢えず吉千代は寺に出家させよう、大三郎もワシの知り合いの医者の養子にさせよう。万が一の事も踏まえてな。」


「はい。」


りくは大石内蔵助の書状に従い、吉千代を出家させ、大三郎を医者に養子として送り込んだのであった






「日野家用人、垣見五郎兵衛である。この度、お役目にて江戸下向の道中でござる。」


垣見五郎兵衛の名で江戸へ向かう大石内蔵助はその道中で関所の役人と交渉していた


「お役目、御苦労に存ずる。宿を手配しておりますので御逗留くだされ。」


「忝い。」


大石内蔵助等は手配された宿に入り、休息を取った。通行手形のおかげで関所も難なく突破した事で少しばかり安心はしたものの柳沢吉保に利用されている事に辟易していた。部屋で共に行動をした間瀬久太夫と大石瀬左衛門と一緒に寛いでいると原惣右衛門と不破数右衛門が慌てた様子で部屋に入ってきた


「「大石様!」」


「原、不破。」


「如何されたのですか?」


「間者が我等を見張っております。」


「刺客か!」


「それはまだ分かりませぬ!」


「・・・・そうか。」


「吉良か、上杉か、もしくは公儀隠密か、何れか分かりませぬが我々を監視している事は確かでござる。」


「御家老、先行きが危うくなりますな。」


道中で自分たちを狙う刺客かもしれぬと警戒した大石は不破に再度、尋ねる事にした


「我等を狙う気配があるか?」


「それがおかしいのでございます。道中、我等に向ける殺気はあれど、いつの間にか消えております。」


「何?」


「大石様。不破の申す通りであれば、何者かが我等を警護しているという事になりますな。」


「敵か味方かは分かりませぬが油断は禁物かと・・・・」


「そうか。」


ふと大石は柳沢美濃守が支援している事を思い出した。柳沢美濃守であれば通行手形だけではなく道中の警備もしてくれている事を・・・・


「(柳沢が我等を利用するのであれば我等も利用してやるわ。)







「お凛、そちらは始末したか?」


「はい。どれも吉良の間者です。」


「そうか。」


色部又四郎の命を受けて弥一とお凛は大石内蔵助等を狙う刺客を始末していた。大石を狙う刺客の大半は吉良家であったのはいうまでもなかったが、たまに山賊も混じっていたが予想外な者も混じっていた


「弥一様、芸州広島の刺客が混じっていたのは意外でした。」


「それはそうさ。江戸で仇討ちが起これば、浅野本家が関与しているのではないかと幕府が疑いの目を向けるだろう。それを避けるべく大石たちを始末するのであろう。」


「家さえ残すためなら手立ては選ばぬ、武家とは哀れなものですね。」


「そんな武家に使い捨てとして働く我等忍びはもっと哀れだがな。」


「そうですね。」


武家の非情さと残酷さ、その武家に使い捨ての駒として働かされている自分たちの哀れを呪いつつ、職務に励む弥一とお凛であった





「申し訳ございません、しくじりました。」


「そうか。」


大石内蔵助を暗殺するべく刺客を放ったが上杉家の忍びによって邪魔され、ことごとく失敗に終わったのである。部下の報告に小林平八郎は大石たちに味方する勢力がいる事に渋い顔をした


「大石に味方する者がいるようだな。まさか芸州広島が関わっているのでは・・・・」


「それが・・・・」


「如何した?」


「どうやら我等の放った刺客を始末したのは上杉家の忍びではないかとの報告がございました。」


「何!?」


上杉家の忍びが吉良家の刺客を亡き者にしていると聞いた平八郎は耳を疑った


「そなた、出任せを申すとためにならんぞ。」


「いいえ、某もその報告を聞いた時は耳を疑いましが現場にいた者が申しておりまする。」


「う、うむ。」


「まさか弾正少弼様が吉良家を見限ったのでは?」


「いいや、弾正少弼様に限ってそれはない。恐らく上杉家の中に吉良家を快く思わない者たちの仕業であろう。」


主君である吉良上野介は上杉家に多額の金をねだっており此度の屋敷の建築、警備の増援、そして米沢移住等、数々の迷惑をかけていた事を平八郎は思い出していた


「この事、上杉家に問い質しますか。」


「たわけ、上杉家を敵に回す気か。仮に答えても知らぬと一点張りだ。」


「し、しかし。」


「大石暗殺は中止だ。残りの者たちも引き上げさせろ。」


「御意。大殿にはこの事は・・・・」


「報告せんでよい、この話はワシとそなただけの秘密だ。くれぐれも他言はならんぞ。」


「はっ。」


平八郎はこれ以上、主君【吉良上野介】を益々、疑心暗鬼に陥る事だけは避けたかった。赤穂、上杉、吉良の思惑は刻々と討ち入りへと導いていくのであった




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