第12話:米沢移住計画

浅野大学が浅野本家預かりの知らせは三次藩にも伝わった。屋敷にてその知らせを聞いた五十嵐は「やはりか」と納得していた


「浅野家再興等、最初から叶う筈がないのだ。」


「は、はぁ~。」


「如何した?」


「はい、旦那様の御慧眼に感服仕りましたが御家再興に尽力された大石様と仇討ちを唱える方々はこれからどうされるのかと・・・・」


側で聞いていた登代は夫の読みの深さに感心しつつ浅野家再興に奔走する大石内蔵助と仇討ちを計画する一派の事を気に掛けていた


「あぁ、御家老は争い事を極度に嫌う御方だ。仇討ちをする気等、毛頭ないさ。仇討ちを唱える一派も貧乏に勝てず、脱盟する者が後を絶たないと聞く。それに吉良家には上杉家という後ろ盾がある限り、仇討ちは出来んよ。」


「もし仇討ちが行われたら?」


「仮に起きても返り討ちにあうだけだ。」


五十嵐の読みでは堀部安兵衛等の武闘派が吉良上野介が外出中に襲撃をかけると思っていた。屋敷は厳重な警備をしている限り、入ってこられない。よって駕籠に乗っている吉良上野介を襲撃し首を討ち取るしかないのである。無論、吉良側も警戒するので影武者は用意するだろう。仮に襲撃に失敗し吉良側が大目付や町奉行等に連絡をすれば武闘派は一網打尽となるのである


「(仮に大石が仇討ちに参加しても数の暴力には叶わん。)」


五十嵐は吉良側が勝つと見込んでいる。大石がかつて山鹿素行から山鹿流兵法を修得している事を聞いていたが本当に役立つのか疑問を抱いた


「(所詮、泰平の世で作られた机上の空論が如き戦法だし当てには出来んな。)」


この時の五十嵐は老中格である柳沢美濃守と米沢藩江戸家老である色部又四郎が大石内蔵助に味方をしている事は知らずにいたのである






「お久しゅうございます、美濃守様。」


「これは吉良の御隠居、如何された。」


吉良上野介は柳沢邸に訪れていた。突然の訪問に柳沢美濃守は平静を装いつつ要件を聞いた


「はい、実は美濃守に最後の御挨拶をと。」


「挨拶とは?」


「はい、実は息子の綱憲の勧めで米沢に居を構えようと思っております。」


「米沢に?」


「はい。」


米沢に移住すると聞いた柳沢美濃守は鳥肌が立った。米沢に移住すれば仇討ちが出来なくなるからである。柳沢美濃守は吉良上野介に悟られぬよう引っ越しの日時等を聞いた


「していつ頃の米沢に移られるのだ?」


「はい、今年中にはと綱憲が申しております。」


「今年中か・・・・流石に無理ではないか?これから冬を迎えるのに・・・・」


「仰る通り、流石に早すぎると今は保留にしております。」


それを聞いた柳沢美濃守は安堵した。そうとは知らずにいた吉良上野介は最後の茶会についても語り始めた


「それで今年にも最後の茶会に行います。我が茶の師である四方庵宗徧も招きまする。」


「そうか。」


「美濃守様からは格別のお引き立てもあり、今日に至ります。此度の最後の茶会も精一杯務めさせていただきます。」


「うむ、楽しみにしておるぞ。」


吉良上野介が柳沢邸を去った後、細井広沢と正親町町子を呼び、吉良上野介が米沢移住を計画している事を話した


「米沢移住にございますか。」


「あらまぁ。」


「上野介が米沢に移住するのは不味い、折角の仇討ちも水の泡となってしまう。」


「殿、急ぎこの事を我が朋輩、堀部安兵衛に伝えまするか?」


「待て、まだ告げるな。」


「何故にあらっしゃいますか?」


「もし告げれば江戸の急進派たちが大石を待たずに勝手に動く可能性がある。この計画には大石内蔵助という御輿が必要だ。それ故、この事は当分は伏せておけ。」


「はっ、ではそのように。」


「はぁ~、面倒な事になりましたわ。」






「お爺様、本当に茶会は行うですか?」


吉良邸では上野介の孫であり現当主である吉良左兵衛が茶会を行う事に否定的であった。赤穂浪士による仇討ちの噂が未だ消えぬ今、この時期に行うのは不味いと思ったからである


「左兵衛、そなたの気持ちはよく分かる。だが此度の茶会はそなたのためでもある。」


「私の?」


「あぁ、そなたの知っての通り、松の廊下の一件以来、世間での吉良家の評判は芳しくない。幕閣の中にはワシが赤穂の浪人共に討たれるのを心待ちにしている者もいる。」


「まさか、そのような事は・・・・」


「いや、ワシが老中の方々に隠居の挨拶をしに行った際は曽我兄弟の仇討ちを模した屏風を見せてきおった。浅野内匠頭を取り押さえた梶川与惣兵衛にも同じ事をしておったわ。」


浅野内匠頭を取り押さえた梶原与惣兵衛は功績により500石を加増されたが、老中たちから曽我兄弟の仇討ちを説かれ、人の情けを知らない不人情者と罵倒され、周囲から白い目で見られた事で隠居に追い込まれたのである


「此度の茶会は吉良家の威光は健在である事を世に知らしめるために行う。吉良家には優秀な跡取りがいる事、世間の評判に負けていない事をな。」


吉良自身、茶会が趣味といえるほど大好きではあるが江戸最後の茶会は吉良家の隆盛を誇示するためにも是が非でも行わなくてはならないのである


「左兵衛、吉良家の当主としての晴れ舞台でもある。気を引き締めてかかるのだぞ。」


「はい、お爺様!」


この判断が吉良家を大いに狂わせるとは、この時の上野介は気付かなかったのである



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