第11話:それぞれの思惑(2)
浅野大学が広島に御預けとなった知らせを聞いた吉良上野介は戦々恐々としていた
「浅野の浪士たちを繋ぎ止めていた命綱がとうとう切れたか。」
「大殿、御懸念には及びません。警備の兵を100名以上を配置し、いつでも迎えうつ準備は出来ております。」
「う、うむ。」
怯える吉良上野介に小林平八郎は警備は万全であると告げたが吉良上野介は警戒は解けずにいた
「やはり心配にございますか。」
「あぁ・・・・上杉の援軍は必ず来るのであろうな。」
「御心配なく。」
「うむ、何やら胸騒ぎがしてならん・・・・平八郎。」
「ははっ。」
「万が一の事を考えて左兵衛を逃がす手筈は整えておけ。」
「左兵衛様を。」
「仮にワシが死んでも左兵衛が生きていれば吉良家は安泰だ。」
「ははっ。」
「新八郎を呼べ。」
「新八郎を?」
「そうだ。」
山吉新八郎とは吉良家に仕える近習であり、現当主である吉良左兵衛の中小姓を勤めている。新八郎は神妙な面持ちで吉良上野介の前に現れた
「お呼びにございますか?」
「新八郎、万が一に備え、左兵衛を逃がす手筈を整えておいてくれ。」
吉良左兵衛を逃がせとの命に新八郎は訝しんだ
「畏れながら赤穂の浪士たちが今になって仇討ちをするとは限らないのでは?」
「万が一と申したではないか。赤穂の田舎侍共がこの屋敷に押し入ってきた場合、ワシが討たれても左兵衛が生きていれば吉良家は存続できる。」
それを聞いた新八郎は目を見開いた。左兵衛を逃がす代わりに自分は死んでも構わないという主君の覚悟に新八郎はこれ以上、何も言わず「承知しました」と平伏したのである。傍から聞いていた小林平八郎は死を覚悟する主君の姿に静かに目を瞑った
「(大殿は家を残すために死を覚悟された。こうなれば手立てを選んでいる場合ではない。浪士たちの頭目である大石内蔵助を始末せねば・・・・)」
平八郎は吉良上野介に内密で大石内蔵助の暗殺を決意するのであった
一方、江戸米沢藩邸では浅野大学の処分を聞いた色部又四郎は赤穂の浪士たちの動きが気になっていた
「弥一、お凛。」
「「ははっ。」」
又四郎の呼び掛けに応じ、弥一とお凛が気配なく現れた
「お呼びにございますか?」
「うむ、これよりそなた等には山科に向かって貰うぞ。」
「山科、大石を斬るのでございますか?」
「いや、斬るな。」
「何と。」
「では何故、山科へ?」
「大石を江戸まで警護せよ。」
大石内蔵助の警護と聞いた2人は理由を尋ねた
「御家老。何故、大石を警護せよと?」
「左様ございます、大石を斬れば仇討ちは起きないのでは・・・・」
「仇討ちをして貰わねば困る。」
弥一とお凛はギョッとした表情で色部を見たが、色部は話を続けた
「殿は吉良上野介様を米沢に移住させようと思案されておる。」
「殿が・・・・」
「それは誠にございますか。」
「ああ。」
上杉綱憲は父親の身を案じ、米沢に移住させようと計画していた。移住する際の旅費や米沢に隠居屋敷するための資金も上杉家から出す事になり、藩の財政は益々悪化する一方である
「これ以上、吉良の隠居にこれ以上、好きにさせてたまるか。」
「ですが殿が御決めになられた以上、どうする事も出来ないのでは?」
「そのための仇討ちじゃ。お前たちには大石を排除しようとする者たちを予め亡き者にし、無事に江戸へ下向させるのだ。」
「ですが吉良家を見捨てたとあれば、上杉家の威光が・・・・」
「上杉家を存続させるためには悪評は甘んじて受けねばならん。その方等もその事を覚悟せよ。」
「「ははっ。」」
「吉良さえ死ねば上杉家は安泰だ。そのためには大石には仇討ちをして貰わねば・・・・」
「赤穂の浪人共は動くか、広沢。」
「はい。」
「楽しみですわね。」
江戸柳沢家邸宅にて柳沢美濃守吉保、細井広沢、保明の側室である正親町町子が広間に勢揃いしていた
「町子、通行手形の方は届けたであろうな。」
「えぇ。日野家用人、垣見五郎兵衛の手形を大石に届けました。通行手形さえあれば江戸に容易に入れます。」
「うむ、吉良の隠居には悪いが死んで貰わねばならぬ。」
「浪士たちのその後は?」
「浪士たちは浅野内匠頭の墓前で全員、切腹だ。」
「殿様は悪い御方ですわ。利用するだけ利用して後は用無し等とは・・・・」
「あやつらの望み通りになるのだ。寧ろ感謝してほしいくらいだ」
「殿もお人が悪い・・・・」
「ふふふ、益々楽しみですわ。」
正親町町子が送った通行手形は大石内蔵助の下へ無事に届けられた
「日野家御用人、垣見五郎兵衛・・・・か。」
「大石様。」
「不破か。」
「主税殿が江戸へ下向されます。」
「分かった。」
不破と共に息子の主税の下へ向かうと、主税の共として吉田忠左衛門と小野寺十内等が待っていた
「父上。」
「主税、しかと役目を果たすのだぞ。」
「はい!」
「忠左衛門殿、十内殿、道中の共をお願い致す。」
「お任せあれ。」
「心得申した。」
「それと江戸へ向かう前に豊岡に寄り、舅殿にこれを渡してくれ。」
内蔵助は封をしてある書状を主税に渡した
「それは大事な書状だから、くれぐれも失くすでないぞ。」
「は、はい!」
「それと母上や吉千代、くう、るう、そして大三郎にも宜しく伝えておいてくれ。」
「はい!」
傍から聞いていた吉田忠左衛門と小野寺十内はその書状の中身が何なのかを察し、複雑な表情で主税を見ていた。書状の中身を知らずにいた主税はというと久し振りに母や生まれたばかりの弟に会える喜びに満ち溢れていた
「では頼んだぞ。」
「はい、では行って参ります!」
主税たちは頭を下げた後、意気揚々と山科を後にした。その後、大石はある場所へ向かった。そこは大石内蔵助の妾のお軽の屋敷である
「軽、入るぞ。」
「旦那様。」
突然、やってきた大石にお軽は温かく出迎えた。大石は「大事な話がある」とお軽に言うと2人はそのまま私室に入った。神妙な面持ちの大石にお軽は何事かと待っていると大石が口を開いた
「軽、そなたに暇を取らす。」
「い、暇・・・・」
「ああ、京の二条に帰るのだ。」
「だ、旦那様、私に何か落ち度でも・・・・」
「いや、そうではない。そなたや腹の子のために申しておる。」
この時のお軽は大石の子供を身籠っていた。大石はこれから仇討ちをする際に巻き込まれないようにするための配慮であった
「旦那様・・・・まさか江戸へ・・・・」
「それ以上、何も申すな。」
軽も浅野家再興がならなかった事を知っており、大石が吉良上野介を討つつもりでいるのではと察したお軽は・・・・
「旦那様、せめて生まれてくる子にお名を・・・・」
「名か・・・・男子であれば松若(まつわか)、女子であれば寧々(ねね)だ。」
「松若、寧々。」
「軽、いずれ赤穂藩の元侍医であった寺井玄渓を遣わす。」
「忝のうございます。」
「軽、元気な子を産んでくれ。」
「はい。」
その後、お軽は実家に戻り、子供が無事に産まれたは不明である。お軽は正徳3年(1713年)10月6日に29年という生涯を送ったのであった
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