第33話:宝永地震

宝永4年(1707年)10月4日、東海道沖から南海道沖に巨大地震が発生、世にいう宝永大地震(8.6)である。大坂でも震度6以上の大地震の影響があり、千種屋も例外ではなかった


「皆、無事か!」


「「「「「はい!」」」」」


千種庄兵衛は家族と奉公人と共に千種屋から無事に脱出した。幸いにも千種屋自体は新築で頑丈な作りのため僅かな損傷のみで済んだが、その他の建物は大半は破損及び倒壊していた。千種はというと虫と知らせというべきなのか、すぐに家財と貴重品のみを持って避難するよう指示をした。家財と貴重品を大八車に乗せた後、千種たちは茶臼山へと避難した


「お前様、地震が収まったのに何故、茶臼山に避難するのですか!」


「これほどの大地震だ、次に津波が押し寄せてくるやも知れん!」


千種の予感は的中した。大地震によって発生した大津波は大坂三郷【現代でいう大阪市北区の南半分くらいから中央区全体に西区の東半分くらいを足した範囲】を吞み込んだ。千種たちはギリギリで茶臼山に辿り着き、濁流と化した大波を見下ろしていた


「危なかったな。」


「お前様の機転のお陰にございます。」


「父上、おうちはどうなったの?」


「恐らくこの津波に呑まれたであろうな。」


「父上、怖い。」


「あぁ、ワシも恐ろしい。」


目の前に溢れる大津波に唯々、見ている事しか出来なかった。千種はこれからの事を考え、何とか千種屋を再興させようと思案に暮れるのであった






「大坂の被害は甚大にございます。」


「うむ。」


江戸では将軍、徳川綱吉は被災地再建のために尽力していた。特に大坂は天下の台所と呼ばれ、諸藩の年貢米や産物等が大坂の蔵屋敷に運び込まれ、商人たちによって売りさばかれ、江戸へ大量の物資が送り込まれたのが所以であり、大地震と津波によって甚大な被害を被ったのである


「大坂は1日でも早く復興させよ!」


「ははっ!」


宝永地震が起こる前に西日本で暴風雨が発生し米は例年の6-7分が不作となり、米の価格が高騰したのである。紀州藩や安芸藩や阿波藩や土佐藩等は資金繰りに困り、財政難に陥ったのである。江戸幕府は買い溜め禁止を発令した


「上様、富士山で大噴火が発生致しました!」


「くっ、こんな時に!」


同年12月16日に富士山にて大噴火が発生した。世にいう宝永大噴火である。富士山が噴火した事で火山灰は各地に飛来、江戸でも同様である


「ん、雪か?」


「雪にしては冷たくもないしザラザラしているぞ。」


「違う!これは雪じゃない、灰だ!」


綱吉は江戸城にて黒雲に覆われ、空から火山灰が降ってきた事に頭を痛めていた


「天は、天は何故、この綱吉を苦しめるのだ。」






「何とか水は引いたな。」


その頃、千種たちは茶臼山にて山菜や木の実を取り、持ってきた味噌で味噌汁を作り、何とか飢えを凌いでいた。ようやく水が引き、何とか千種屋に戻ると津波は到達していなかったのか原型を留めていた


「お前様、千種屋が残っております!」


「あぁ。」


「「おうちがあった!」」


「「「「「良かった。」」」」」


千種屋に入ると中は荒れており中には泥だらけの大人数の足跡、玄関口に無数の草履が転がっており誰かが店の中に入った形跡があった


「やはり盗人が入ったようだな。」


「お前様、床下はどうでしょう?」


「そうだな、一応調べよう。」


千種たちは床下を調べるとまだ荒らされた形跡がない事に安心した


「どうやら盗人はここには気付いていなかったようだ。」


「そうですわね。」


床下を開けるとそこには隠し財産だけではなく大量の味噌や納豆や梅干しや米俵「15俵(900㎏)」等が貯蓄されていた。宝永地震が起きる前に西日本を襲った暴風雨で米が不作になった事を知った千種は食料を買い占め、予め作っておいた隠し部屋に保管していたのである。中身は全て無事であり、千種たちはホッとしていた


「いやあ、中身が無事で良かった。」


「えぇ。」


「旦那様、これ等は誰にも知られぬようにしないと。」


「そうです。もし人目についたら・・・・」


「分かっておる。折角、守ってきたものを奪われたくないわ。」


千種屋は原型を留め、食料と金銀財宝も手付かずのまま残っている。千種たちは店を再開するためには警備は重要であったが大坂の町民の大半は四天王寺等の寺社仏閣に避難していた


「旦那様、大半の町民は四天王寺へと避難したようですな。」


「家屋が全壊したんだ、町民たちが避難する場所といえば寺社仏閣しかない。だがこちらが飯の煮炊きをすれば食料があると思って寄ってくる可能性がある。10俵もあっという間に無くなってしまう。」


「それじゃあ、少しずつばれないように食べましょう。そうすれば多少は誤魔化せます。」


「そうだな。菊丸、千代、食べたい盛りかも知れんが、しばらくは我慢してくれ。食料があると知ったら全て奪われてしまうからな。」


「「はい!」」


「皆も襲撃に備えて交代で見張りをするんだ、何としても食料と金銀を守り切るぞ。」


「「「「「はい。」」」」」


菊丸も千代も地震と津波の恐ろしさと建物が倒壊した姿を一目で見て危険と察知したのである。千種の指示に従い、全員が一致団結して昼夜問わず警戒にあたり、交代で寝起きをしながら度重なる余震に怯えつつ、大坂復興まで耐え忍ぶのであった


※能登半島地震により被災に遭われた方々には改めて御悔やみを申し上げると共に1日も早い復興を切に願っております。私自身も東日本大震災に遭い、ライフライン(水道・ガス・電気等)が絶たれた状態で生活してきたので自然災害の恐ろしさを分かっているつもりです。宝永地震についても執筆しようか迷いましたが、歴史に深く関わっている事や此度の能登半島地震も踏まえて敢えて執筆致しました。何卒、御容赦の程をお願い申し上げます

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