第32話:本当の決別

「十郎太、 先月ぶりだな。」


「お、大沼様。」


店前で開店の準備をしていた千種庄兵衛の前に突然、供を連れてやってきた大沼一之進一豊の登場に呆気に取られていた。太吉と加代の知らせを聞いてやってきた登代も兄である大沼に会った


「大沼様、御久しゅうございます。」


「登代・・・・元気そうで何よりだ。」


絶縁してから4年が経ち、兄妹の再会を果たしたがぎこちない形であった。登代は家のために愛する夫と子供たちを引き離そうとした兄や親族たちを心底、軽蔑していたが、人目もあってか取り敢えず中に招き、客間へ通した。供の者や子供たちを奉公人たちに任せ、客間には千種庄兵衛の他に登代と大沼一之進の3人のみとなった


「今日は何用で参られたのでございましょうか、大沼様。」


「登代、わざわざ兄が参ったのだぞ。」


「不躾ながら私の兄は死にましてございます。」


「と、登代、止さぬか!」


完全に大沼を敵視する登代に夫である千種は流石に不味いと思ったのか止めに入った。大沼はというと「はぁ~」と溜め息をついた


「登代、全ては大沼家、ひいては三次藩を存続させるため致し方なかったのだ。」


「御家の事情のために夫と子供たちを無理矢理、引き離す事が御家の為にございますか、呆れて物が言えませんわ。」


「はぁ~、登代。お前も元は大沼家の人間のはず、いつからそのように頑迷な女になったのだ?」


「生憎ですが今の私は五十嵐、いや千種庄兵衛の妻でございます。それに絶縁を突き付けたのは他ならぬ大沼様ではございませぬか?」


ズバッと正論を突き付けられ、大沼はぐうの音も出なかった。千種はようやく三次藩から解放されたというのに突然、やってきた元義兄の目的が知りたかった為、割り込む形で尋ねた


「大沼様、今日は何用で参られたのですか?」


「うむ、今日参ったのは他でもない。お前たちの絶縁を取り下げる為に参ったのだ。」


絶縁を取り下げるという大沼の言い分に2人は首を傾げた。今頃になって何故、取り下げようとするのかが分からず千種はこう答えた


「こればかりは手前だけで決められません。一応、元は身内であった登代にも聞かねば・・・・」


千種はそう返事をすると大沼は登代の方を見た。登代はというと何の迷いもなく返答を返した


「折角の申し出にございますが、御断りさせていただきます。」


「・・・・理由を聞こうか?」


大沼はというと口調は落ち着いているものの、こめかみ辺りから青筋が出ており、今にも怒り出そうとしていた。そんな大沼を余所に登代は平然と理由を述べた


「あまりにも虫が良すぎて信用出来ませぬ。討ち入りの後に大沼様は夫と離縁をさせ、子供たちを仏門に入れ、私を藩の重役の後添えにしようと計画されました。私が拒むと今度は絶縁状を突き付けました。その時点で私の身内は夫と子供たちしかいないと悟りました。」


登代は実家から絶縁状を送り付けられた際、完全に実家への思いが切れており、例え貧しくても家族と共に生きる道を選んだ。そんな登代に堪忍袋の尾が切れた大沼は強い口調で責め立てた


「登代、いい加減にせよ!ワシがどのような立場で今日まで生きてきたか分かっておるのか!ワシは不忠者の身内を三次藩に引き入れた愚か者と陰口を叩かれ、親族共々、慎ましく生きなければならなくなったのだぞ!そこにいるお前の夫が赤穂浪士の遺族の赦免願いに参加したのを知って、ようやく改心したかと喜び、殿に願い出て三次藩の御用商人を約束しようとした矢先、五十嵐だけではなく、このような形で妹にも裏切られるとは思わなかったわ!」


「不躾ながら我が夫はやむを得ず赤穂浪士の御遺族の赦免に参加されたのです。決して三次藩の為に行ったわけではありません。あくまで千種屋が生き残るためです。」


あくまで千種屋が生き残ると主張する登代に大沼は刀の柄に手を掛けようとした。千種はそれに気付き、登代を庇うように盾となり、次のように述べた


「大沼様、もう宜しいでしょう。お殿様にも申し上げましたが我等はひっそりと生きていく道を選びました。それに千種屋には2度と関わらない事も御約束頂きました。それにも関わらず大沼様はお殿様の命を無視なさいました。それだけではなく刀の柄に手を掛けておられます。大坂は御公儀の支配下、もしこの場で刀を抜けば、大沼家のみならず三次藩は断絶になりまするぞ!」


千種は必死に正論とハッタリを織り混ぜた駆け引きを展開すると大沼は千種の言い分が効いたのか、それ以上は何も出来ず睨み付けるのみしか出来なかった。それからどれくらい時が掛かったのか分からぬほど長い沈黙が支配したが、先に折れたのは大沼であった


「勝手にせい!」


大沼はそう吐き捨て、ドカドカと足早に千種屋を出ていった。供の者も慌てて大沼の後を追いかけると太吉と加代が「お帰りになられました」と知らせると千種はホッとしつつ登代を叱りつけた


「登代、何を考えておるのだ。危うく殺されそうになったぞ!」


「・・・・申し訳ございません。」


罰が悪そうに謝罪する登代に千種は「はぁ~」と溜め息をつきつつ「もう2度とするな。」と注意すると登代は「はい」と返事をした。そんな登代に千種はこう述べ始めた


「千種屋は登代の内助の功で作ったもの、それにお前はワシにとって命の恩人で掛け替えのない妻だ。だから死にに急ぐ事だけはしないでくれ。」


「お、お前様。」


「「お、おほん。」」


一緒に聞いていた太吉と加代が咳払いをしつつ「申し訳ございません」と謝罪をした。千種と登代は互いに顔を見合わせた後、顔を真っ赤にさせつつ不思議と笑みを溢れていた


「さて仕事に戻るか。」


「は、はい。」


「太吉、加代、ボサッとするな。」


「「はい、はい♪」」






「愚か者が!」


大坂三次藩邸にて大沼は主君である浅野式部少輔長照から大目玉を食らっていた。大沼が主君の命を無視して勝手に千種屋に行っていた事が浅野式部少輔の告げ口をした三井主水武庸によって露見されたのである


「大沼、千種屋に関わるなと申したのに勝手に尋ねるとはどうゆう了見だ。」


「・・・・申し訳ございませぬ。」


「大沼様、貴方様のやった事は主君を蔑ろにされました。それとも組頭であれば許されるとお思いで千種屋に向かわれたのですか?」


三井の嫌味に大沼は腸が煮えくり返る思いがした。実は大沼一之進と三井主水は仲が悪く、度々諍いを起こす事もあった。そんな相手に馬鹿にされたのである。何故、自分がこのような目にあうのかと自問自答をしていると浅野式部少輔から謹慎を命じられた


「大沼、そちには謹慎を申しつける!」


「・・・・ははっ。」


「ふっ、不忠者の血は争えませぬな。」


浅野式部少輔が出ていくと三井は鼻で笑ってあからさまに罵倒をした後、その場を立ち去ろうとした。それがきっかけか大沼は中で何かがプツンと切れ、いつの間にか脇差に手をかけていた


「三井、覚悟!」


大沼は脇差を抜いた後、三井の腰に脇差を突き刺した。三井は突然の事に驚き、必死に抵抗して大沼を引き離した。浅野式部少輔は大沼の行動に気付き「血迷うたのか」と叱咤したが、それを無視して大沼は三井に脇差を突きまくった。三井は既に出血多量で既に虫の息になっていた。騒ぎを聞きつけた他の家臣が浅野式部少輔を避難させた後、大沼を羽織締めにしたが大沼はなおも抵抗を続けた


「大沼様、御乱心!」


「三井殿、しっかりなされよ!」


虫の息であった三井を避難させる一方で、激しく抵抗する大沼に業を煮やした他の家臣が脇差を抜き、その場でめった刺しにした。めった刺しにされた大沼はその場で絶命し、三井も出血多量で共に亡くなったのである。この事態を見た浅野式部少輔はある決断をした


「大沼家の家禄は没収及び妻子に自害を命じよ、三井家は跡継ぎ不在により無嗣断絶とする。なお親族は、しばらくの間は蟄居閉門を命ずる。」


「「「「「ははっ!」」」」」


大沼家は御家断絶の上、家禄は没収、大沼家の妻子は自決した。三井主水には子供がおらず一代限りで三井家は断絶、連座として親族は蟄居閉門となった。浅野式部少輔は外に漏れぬよう戒厳令が敷かれ、内々に処理されたのである








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