第4話:帰還

原惣右衛門たちは人知れない隠家にいた


「兄者、大野を討とう!」


開口一番に大野の殺害を訴えたのは原惣右衛門の実弟である岡島八十右衛門である。大野が浅野本家に密告した事を恨んでいた。更に藩士たちへの分配金を巡って対立しており大野殺害の執念に拍車をかけたのである。黙って聞いていた原惣右衛門は静かに口を開いた


「あやつは赤穂藩を食い荒らす白蟻のような男だ。領民たちもあやつの事を恨んでいたのは公然の秘密であった。しかし殿は彼の者を重用していたが故に手を出せずにいたが此度ばかりは絶対に逃さん!」


「「「「「おう!」」」」」


「これより大野邸を押しかける!狙いは大野九郎兵衛が首、ただ1つ!」


「「「「「おおおおおお!」」」」」


一方、大野九郎兵衛はというと、襲撃が来る事を予想し幼い孫娘を置いてそそくさと逃亡をしていた。息子である大野群右衛門は家財のほとんどをそのままにし、赤子である娘を置いてけぼりにしてまで赤穂を脱出する父の行動に戸惑っていた


「父上、あまりにも急すぎます!」


「喧しい!悠長にしている場合ではない!いつ原たちが襲撃するか分からないのだぞ!」


「だからといって蜜【大野九郎兵衛の孫娘:仮名】を置き去りにしてまで・・・・」


「だったらお前が迎えにいけ、その時に原たちと鉢合わせしなければ良いがな!」


父からの冷酷な返答に群右衛門は閉口した。一方、原たちは大野邸に突入したが既にもぬけの殻で1人寂しく泣いていた大野の孫娘の蜜だけが残っていた。原たちは泣いている蜜をあやしつつ大野を探す事にした


「まさか孫娘を置いていくとはな。」


「流石、卑怯者の考える事よ。」


「兄者、まだそう遠くへは行っておらんはずだ!」


「うむ、取り敢えず誰かにこの赤子を預けねばな。」


原たちは蜜を抱えて大野邸から出るとそこへ大石内蔵助とばったり出くわした


「ご、御家老。」


「お前たちは何をやっておるのだ!」


「ふわああああん!」


「御家老、あまり大声を出されたら・・・・」


「う、うむ。」


取り敢えず蜜を産婆に預けた後、大石は原たちを叱責した


「原、岡島、自分達が何をやっているのか分かっているのか!」


「御家老、御言葉を返すようですが大野は我等を浅野本家に売ったのです。自分自身の仕官を求め卑怯な真似をした大野を許すわけには・・・・」


「たわけ者!お前たちの行い自体が世間の物笑いになるのが分からぬのか!普段から対面を気にするお前たちがする事とは思えぬ蛮行だ!」


世間の物笑いという言葉に原たちは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた


「良いか。これ以上、問題を起こすな。」


「ですが御家老は我等・・・・我等は悔しゅうございます!」


「耐えるのだ!今はひたすら耐えよ!」


「浅野再興のために耐えよと申されるのか!」


「そうではない。」


「では御家老の御本心をお聞かせください!」


「今は言えん。」


後に蜜は大石内蔵助によって家財の一部と共に大野の下へ滞在先に届けたという。その後、江戸に残留していた吉田忠左衛門、片岡源右衛門、磯貝十郎左衛門、堀部安兵衛、堀部弥兵衛、奥田孫大夫等が続々と赤穂に入った。大石は親交のある吉田忠左衛門が戻って来た事に喜び、屋敷に出迎えた


「忠左衛門殿、遠路はるばるよう戻られた。」


「御家老、江戸の屋敷は既に御公儀に返上され、奥方様も御出家され江戸三次藩邸に移りましてございます。」


「そうか・・・・御方様もさぞ御無念であったろうな。」


「御家老!」


大石と吉田の会話を割って入るように堀部安兵衛と堀部弥兵衛の義親子【婿と舅】が駆け付けた


「安兵衛、弥兵衛殿。」


「御家老、仇討ちをしましょう!」


安兵衛の口から仇討ちという大石は目が点になった。そこへ弥兵衛が理由を語り始めた


「突然申し訳ございませぬ。殿が勅使接待の御役目を仰せ付けられてからの日々はそれは過酷なものにございました。特に吉良様に対して不平不満を漏らしており申した。」


「そうか。」


「此度の裁定も吉良様が柳沢出羽守様に泣き付いた結果だと巷(ちまた)の者が申しており安兵衛は仇討ちすると申しておるのです。それに拍車をかけて主君の仇討ちをしない武士は不忠者、腰抜け侍等という始末、安兵衛も高田馬場での一件もあり、引くに引けない状況にございます。」


「あぁ~。」


それを聞いた大石は納得せざるを得なかった。江戸の町民はこの手の話をこれまで以上に尾びれをつける節がある。武士は面目を第一と考えており、世間から期待という名のヤジに否が応でも答えなくてはいけなくなる。赤穂藩に仕える前は高田馬場での決闘で中山安兵衛は助太刀として参加し3人を斬り殺した事がきっかけで江戸で評判となり、堀部弥兵衛の婿養子となった


「御家老、俺は1日でも早く吉良を斬り殺し亡き殿の無念を晴らしとうございます!」


「御家老、某も余命幾ばくもございません。死ぬ時は武士らしく華々しく散りとうございます。」


「う、うむ。」


仇討ちする気満々の安兵衛と弥兵衛に大石は若干引いていた。只でさえ主戦派の原惣右衛門たちの扱いに申した頭を痛めているというのに・・・・


「それは追々と考えてよう。」


「頼みますぞ、御家老!」


「では我等はこれにて。」


意気揚々と去っていく2人に大石は「はぁ~」と溜め息をついた


「(仇討ちしたくないな。)」

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