第3話:暗躍

大野との密談を終わらせた後、そのまま屋敷へ戻った


「お帰りなさいませ、旦那様。」


「うむ。」


「「お帰りなさいませ。」」


「太吉、加代、役目ご苦労。」


五十嵐家に仕える中間(ちゅうげん)の太吉(50歳)である。五十嵐が出世した時に初めて雇った中間であり温厚で真面目な性格で五十嵐たちの信頼が厚い。加代(49歳)は太吉の妻でしっかり者の肝っ玉母ちゃんである


「「父上!」」


「菊丸、千代。」


「旦那様、御役目ご苦労様にございます。」


そこへ菊丸(5歳)と千代(3歳)、後から登代が駆け付けた。愛する妻と我が子に御家断絶を伝えるのは正直、気が重かった


「う、うむ。」


「それでお城の方では何かお話がありましたか?」


「うむ、登代。後へ部屋へ参れ。」


「は、はい。」


「菊丸、千代、母上と大事な話があるから先に部屋へ戻っていなさい。」


「「えええええ。」」


「菊丸、千代、父上のいう通りになさい。」


「「はあああい。」」


「菊丸様、千代様、こちらへ。」


太吉と加代に連れられて菊丸と千代を下がらせると五十嵐は登代を連れて私室へと向かった。登代は夫のただならぬ雰囲気に声をかけられずにいた。その時間は私室に到着するまで長く感じた登代の足取りが重かった。ようやく私室に到着すると先に五十嵐が襖を開けて中に入り、登代も後に続いた。私室に入った登代は襖を閉めた後、2人は静かに座った。五十嵐は意を決して城であった事を話したのである


「お、御家断絶。」


「ああ、いずれ幕府から城明け渡しの通達が来るであろう。」


「で、ですが他の方々は納得されていないと・・・・」


「ああ、原殿を中心に戦を仕掛けるつもりだ。」


「だ、旦那様はどうされるのですか?」


「心配致すな、あやつらと一緒に心中するつもりはない。」


「そうですか。」


登代はホッとしていたが五十嵐は大野からの密命で主戦派の監視をせねばならなくなったので心配をかける事となったことには変わりはないが次の仕官先のためにもここは踏ん張らねばと考えていると登代がある提案をした


「そうだ、三次藩にいる兄に仕官の事をお願いいたしましょう。」


「義兄上殿にか?」


登代の兄、五十嵐にとっては義兄にあたる大沼一之進一豊(おおぬまいちのしんかずとよ)は年齢は35歳、三次藩では組頭を務め、大沼家は600石取りの上士であった


「大丈夫か?」


「心配には及びません。妹の頼みとあれば兄は無下には致しません。それに私はかつて奥方様の侍女を務めていましたから問題ありませんわ。」


五十嵐は妻の提案に乗ることにした。大野が浅野本家に仕官の口利きをするとは言っているが正直、あてにはできなかったため万が一のための逃げ道の確保をするのも悪くはなかった


「うむ、では頼んでくれるか。」


「はい。」


それからの赤穂は蜂の巣をつついたかのように大騒ぎであった。特に藩札の交換を巡って元領民が押し掛けたのである


「金を返してくれ!」


「分かっておる、六分替え(額面の6割交換)にするから!」


「本当だな!」


「あぁ、約束する!」


五十嵐はというと大野の密命で原惣右衛門たちと共に行動した。原たちは五十嵐が来てくれた事を快く思い、同志として受け入れた


「五十嵐殿、よくぞ来てくれた!」


「大野と違って貴殿は殿の御信頼が厚い御方、百万の味方を得た思いだ!」


「期待しているぞ!」


五十嵐は原たちが喜ぶさまを滑稽であった。自分が大野が放った隠密である事に気付かずにいるとは・・・・


「よろしくお願い致します。」


五十嵐は隠密として原たちの動向を探り、逐一大野に報告し大野、原とあちらこちらと渡り歩き、そして決定的な情報を入手した五十嵐は真っ先に大野に報告した


「という事が分かり申した。」


「そうか、まさか公儀に嘆願書を提出しようとしていたとは・・・・」


原たちは城明け渡しや吉良上野介に対する処分がない事を嘆願書に認め、幕府に提出しようとした事が判明したのである


「某はもっと人数を集めてから嘆願書を提出するべきだと説得し何とか思い止めました。」


「うむ、ようやった。しかし由々しき事態だ。」


「如何なさいますか?」


「最早、悠長にしている場合ではない。浅野本家に釘を指してもらおう。」


「御意。」


大野は早速、密書を認め早馬にて広島の浅野本家に届けた。大野の密書を見た浅野本家は驚愕し早速、重役を放ち、数日後に赤穂に到着した。浅野本家の親族たちが突然、現れた事に大石たちは何事かと思いつつ、親族たちを出迎えると開口一番に叱責を受ける事となった


「本日はご機嫌うるわ・・・・」


「そなたらは何を考えておるのだ!」


「は?」


大野以外の大石等は何の事か分からず呆気に取られていたが我に返り、叱責の理由を尋ねた


「お、畏れながら叱責を受ける理由をお聞かせくださりませ。」


「ふん、そなたらが御公儀に嘆願書を提出しようとした事だ!」


幕府に嘆願書という言葉に原たちの顔が歪んだ


「お、畏れながら我等は御公儀に嘆願書等とは一体、誰がそのような事を・・・・」


「そこにおられる大野殿が知らせてくれたのだ!」


それを聞いた大石たちは一斉に大野の方に視線を向けた。大野は「はい、間違いありませぬ」と答えた


「畏れ多くもそこにいる原惣右衛門等、一味は此度のお裁きを不服とし御公儀に改めて処分の再考を願い出ておりまする。」


淡々と報告する大野に原たちは嫌悪感を示した。最早、隠し通せないと思ったのか原たちは白状した


「浅野だけが重い処分を受けるのは納得いきません!」


「我等とて武士の意地がござる!」


「武士の面目をかけてでも!」


「「「そうだ、そうだ!」」」


「戯け者!お前たちの挙動次第で浅野本家にも累が及ぶのだぞ!」


「我等は外様で何かと幕府に目を付けられている。お前たちがこのような事を起こせば共倒れになるのは必定だ!」


原たちの言い分に浅野本家の親族たちは激怒した。この連中を放置すれば間違いなく浅野本家は赤穂藩同様、改易処分が下される。先の浅野内匠頭の狼藉によって浅野大学と共に連座されられたのでこれ以上、問題を起こしたくないと思った浅野本家は決死の覚悟で望んでいた


「控えよ!浅野本家に対して無礼であるぞ!」


そんな中、大石は原たちを叱責した。大石もこれ以上、問題を起こしたくないという思いから原たちを抑えた。原たちはというと納得はいかないものの大石の叱責に黙るしかなかった


「それに引き換え、大野殿は御家再興を願え出でている。まさに忠臣の鑑じゃ!」


「畏れ入ります。」


「大石よ、ここは大野の指示に従え。さすれば我等も赤穂浅野家再興のために尽力しよう。」


「ははっ。承知致しました。」


「皆の者もそれでよいな!」


「「「「「ははっ。」」」」」


「うむ、皆の者、大儀である!」


この時、原たちは浅野本家に密告をした大野に殺意を抱いたのは言うまでもなく傍にいた大石は知る由もなかった




【架空の人物】

・太吉「五十嵐家に仕える中間」

・加代「太吉の妻」

・大沼一之進一豊「十郎太の義兄、登代の実兄、三次藩組頭」

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