第5話:赤穂城開城

赤穂城広間、ここに大石や五十嵐を含め、赤穂在留の藩士の他に江戸から帰還した赤穂藩士が集まっていた。江戸から帰国した堀部たちは大広間にて開口一番に「仇討ち」と声高に叫んだ


「各々方、亡き殿の仇である吉良上野介を斬り、無念を晴らそうぞ!」


「「「「「そうじゃ、そうじゃ!」」」」」


「私も堀部と同心です、大石様。」


「その通りにござる。」


堀部安兵衛と共に仇討ちを唱えたのは片岡源五右衛門と磯貝十郎左衛門である。両者共に浅野内匠頭の側近中の側近である。大石はというと主戦派と仇討ち派が結託するのを恐れていた。もし両派が結託すれば益々、御家再興の道が遠退いてしまうからである


「うむ、そなたらの思いは分かった。一旦、この話は預からせて貰う。」


「御家老、そのように悠長な事を申しておる場合ではありませぬ!」


「左様、公儀から派遣された城明け渡しの使者がいずれ赤穂に参ります!」


「御家老の御所存を承りたい!」


「「「「「御家老!」」」」」


血気盛んな藩士たちに迫られた大石は「考える時が欲しい」と彼等を宥め、評定は御開きとなった。大石は「はぁ~」と溜め息をつくとそこへ五十嵐が尋ねてきた


「御家老。」


「ん、五十嵐か。」


「御心中、御察し申し上げます。」


「大野殿が出奔されてからは、てんやわんやだ。」


「御無礼仕ります。」


すると五十嵐は大石に近付き、小声で話し掛けた


「御家老、某に妙案がございます(小声)。」


「場所を変えよう(小声)」


大石は五十嵐を連れて、大石の屋敷へ入った。そこには大石の嫡男である大石松之丞「後の大石主税」が出迎えた


「父上、お帰りなさいませ。」


「松之丞、客人もおるぞ。」


「松之丞殿、お久しゅうございます。」


「五十嵐様、お久しゅうございます。」


「また背丈が大きくなられましたな。まさに益荒男に相応しゅうござる。」


「は、はい。」


褒められて、はにかむ大石松之丞は背丈が5尺7寸(約172cm前後)あり、この時代では大男の部類に入る


大石と五十嵐は松之丞と共に屋敷へ入ると大石の妻であるりくと子供たちが出迎えた


「お帰りなさいませ、旦那様。」


「「「お帰りなさいませ!」」」


「うむ、五十嵐も来ておるぞ。」


「これは五十嵐殿。」


「お邪魔致します(いつ見てもでかいな)」


大石りくは身長が6尺(約180cm前後)ほどの大女であり松之丞の背丈が大きいのも、りくの影響もあるかもしれない。大石は五十嵐を私室に案内した後、着替えをするために退出した


「(受け入れてくれると助かるが・・・・)」


「失礼致します。」


そこへ女中がお茶を持ってきた。五十嵐は「かたじけない」と礼を述べてから数分後に大石が入ってきた


「待たせたな。」


「いいえ。」


「ワシは五十嵐と大事な話があるから許可なく誰も入れるな。」


「畏まりました。」


大石は女中にそう命じた後、女中は退出し大石と五十嵐の2人だけとなった


「して妙案とは何だ?」


「ははっ、畏れながらお耳を拝借。」


五十嵐がそう言うと大石は片耳を五十嵐の方へ向けた。五十嵐は近づき、耳元で妙案を告げると大石はぎょっとした顔で五十嵐を見た


「五十嵐・・・・その妙案は。」


「御家老、こうでもしなければあの者たちは納得しません。」


「いや・・・・しかし。」


「御家老、もし何もしなければ今度は御家老に災いが起きまする。」


「・・・・ワシを脅しているのか?」


「いいえ、拙者は御家老のためを思って申し上げたまでの事。」


「ううむ。」


「御家老、最早迷っている場合ではありません。どうか御再考を・・・・」


悩む大石に五十嵐はどうしても聞き入れてほしかったのには理由があった。妻の実家の伝手を頼り、再就職先【三次藩「石高130石、山奉行」】が決まったのである。五十嵐としても何としても無血開城を実現するべく、多少強引でも綺麗な形で赤穂を離れたかったのである


「御家老、サイは投げられたのです。どうか・・・・」


「・・・・分かった、言う通りにしよう。」


次の日になり大石は赤穂城大広間に藩士たちを集めたが、その場には片岡と磯貝の姿がなかった。片岡と磯貝は大石の優柔不断さに見切りをつけ自分達で吉良を討とうと考え、江戸へ向かったのである。殺気立つ雰囲気の中で大石は己の存念を述べた


「某は浅野本家の勧めにより城明け渡しの上、浅野家再興及び吉良上野介の処分を御公儀に訴えようと思う。」


大石の存念に五十嵐以外の周囲がザワザワし始めた。特に主戦派の原惣右衛門たちや仇討ちを唱える堀部安兵衛たちは大石に異を唱えた


「御家老、ここに来て臆病風に吹かれましたか!」


「左様、幕府が御家再興と吉良家の処分をするとは思えませぬ!」


「大石様、仇討ちをしたくないと仰れるのか!」


「最後まで聞け。もし御公儀が両方を聞き届けれ下されぬ場合は亡き内匠頭様の仇、吉良上野介を・・・・討つ。」


吉良を討つという大石の宣言に堀部は「誠にございますか」と前のめりで尋ねてきた


「無論の事だ。」


「では神文にて御約束願いたい!」


「あぁ、書こう。その代わり、そなたらも従ってくれるな。」


書くことを明言した大石に堀部たちは従う事を了承し、原たちは渋々ながらも大石に同調した。その他も同調し何とか場が収まった事を確認した大石は五十嵐の方に視線を向けた。五十嵐は大石の視線に気付き頷いた


「(大石様、見事な立ち回りにございます。)」


「(五十嵐、礼を言うぞ。)」


大石と藩士との間で神文を書く事になった。五十嵐は神仏を信じておらず、神文もただの見せ掛けだと見ていた。だから記入する事に抵抗はなかった


「(さて、これで赤穂ともおさらばだ。)」


それからの赤穂城は無血のまま幕府から派遣された城明け渡しの軍に明け渡した。城受け取りの使者を努めていたのは脇坂淡路守安照で亡き浅野内匠頭とは友人の間柄であった


「大石よ、よくぞ決断してくれた。」


「畏れ入り奉りまする。」


「私も浅野家再興、吉良家の処分に尽力するつもりだ。」


「何卒、よしなに。」


赤穂藩士とその家族たちは続々と赤穂から去り始めた。五十嵐は家族や奉公人たちと共に赤穂城を見届けていた


「名残惜しゅうございますね、旦那様。」


「うむ、だが決まってしまった以上は仕方がない。」


「母上、三次ってどのようなところなのですか?」


「自然豊かな場所ですよ。」


「父上は三次に行った事はありますか?」


「いや、私も初めてだからな。まぁ、楽しみにしている。」


「旦那様、そろそろ参りましょう。船に遅れます。」


「うむ、そうだな。では参るぞ。」


「「「「「はい。」」」」」


五十嵐は赤穂城を背に新天地へと旅立つのであった


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