第17話:別れ

「義父上、起きてくだされ!」


「Zzzz。」


堀部弥兵衛は酒に酔って熟睡していた。何故、こんな事になったのかというと堀部弥兵衛は士気を上げるために出陣前の宴を行ったのである。弥兵衛は同志たちに酒を進めつつ、自身も酒を飲んだ結果、そのまま酔って寝てしまったのである。安兵衛は必死で弥兵衛を起こしたがなかなか起きなかったのである


「もう、こんな時に寝ている場合じゃないのに!」


「堀部さん、このままだと遅刻します。」


「置き手紙を残しましょう。」


「左様。」


堀部宅に同居していた倉橋伝助、岡野金右衛門、横川勘平等はこのままでは遅刻してしまうと安兵衛を説得した


「すまぬが先に行っててくれ。」


安兵衛はというと義父である弥兵衛を起こす方を先決し同志たちには先に行くよう告げた。倉橋たちも「お先に」と合流場所である前原伊助の経営する米屋へ向かうのであった。安兵衛が弥兵衛を再び起こそうとするとそこへ弥兵衛の娘であり安兵衛の妻である堀部ほりが現れた


「父上はまだ起きられないのですか?」


「ああ、これからだというのに・・・・」


「貴方。」


「ん、如何した。」


「貴方と父上とも、これでお別れなのですね。わかってはいましたが・・・・」


「ほり・・・・」


ほりからすれば実父と夫を同時に亡くすのである。武士の娘(妻)の立場からすれば仕方がない事とは分かってはいても、やはり別れは辛いものである。安兵衛は亡き殿への忠義と武士の面目を唱えつつも妻を1人にしてしまう事もあり、少なからず罪悪感はあった


「ほり、私は夫として何もしてやれなかった・・・・すまない。」


安兵衛からの謝罪にほりは目から涙を溢しながらも「これも武門の生まれた者の倣い」と気丈に振る舞った。安兵衛は何も言わずにほりを優しく抱き締めた。ほりは安兵衛の胸の中で啜り泣いたのである






「三和。長い事、苦労をかけた」


片岡源五右衛門は妻である三和【浅野内匠頭の元家臣、八島惣左衛門の娘:仮名】に別れの言葉を告げた


「どうか最後の御勤めをお果たしください。」


「三和、お前に詫びねばならぬことがある。私の実家である熊井家に義絶状を送った。」


片岡は塁が及ばないように実家に義絶状を送ったのである。つまり熊井家を頼る事ができず、片岡の妻子は頼る伝もなく非常に貧しい生活を送る羽目となるのである。三和は目に涙を溜めつつ「御怨み申し上げます」と言うと片岡は「すまない」と謝罪した


「三和、子供たちの事を頼んだ。」


「ううう・・・・はい。」


静かに啜り泣く三和に片岡は何も言わず、頭を下げ続けるのであった





「義父上。」


「幸右衛門か。」


小野寺十内はというと妻の丹と和歌のやり取りをしていた。討ち入り前に丹が送ってきた和歌短冊を見ていた十内を甥で養子の小野寺幸右衛門【母は小野寺十内の姉、実兄は大高源吾】が尋ねた


「それは義母上の?」


「あぁ、このやり取りも今宵で最後になるであろう。」


そう言うと十内は短冊を仕舞い、幸右衛門の方へ視線を向けた


「幸右衛門、ワシが義父で後悔はしておらんか?」


「義父上、何を申されるのですか!」


「いいや、ワシに遠慮して今まで言わなかったではないか。」


「義父上、某は義父上の息子として迎えられた事を無上の喜びにございます。」


「幸右衛門。」


「生まれた時から実の父の顔を知りませぬ。小野寺家の養子に迎えられてからは厳しくも慈悲深い義父上と義母上に育てられ、今日まで生きてこれました。仇討ちに参加したのも亡き殿の御無念を晴らすだけではなく、義父上への恩返しも兼ての事にございます。」


「・・・・幸右衛門、ここからは戦じゃ。別れの水盃をしよう。」


「はい。」


幸右衛門の偽りなき本心に十内は目頭が熱くなった。その後、2人はそれ以上、何も言わずに別れの水盃を交わし、討ち入りの準備をするのであった





「大石様、本当にお会いになさらなくて宜しいのですか?」


「ああ。」


大石内蔵助は不破数右衛門と共に江戸三次藩邸に赴いたが瑤泉院に直接会わず、門番にある巻物を渡してその場を去った。瑤泉院はというと今日も仏壇にて夫の菩提を弔っていると、そこへ戸田局が現れた


「瑤泉院様。」


「戸田か。」


「先程、大石内蔵助殿が瑤泉院様にこの巻物をと・・・・」


戸田局が持ってきた巻物を受け取った瑤泉院が広げるとそこには大石内蔵助以下、仇討ちに参加する面々の名前と血判が押されていた


「戸田、これを見よ!」


「こ、これは仇討ちの血判状にございます!」


「内蔵助は、内蔵助は何処に!」


「内蔵助殿は既に藩邸を去りました。」


瑤泉院は血判状を握りしめた後、再び仏壇の前に座り、啜り泣きをしながら亡き夫の前で手を合わせるのであった






「よし、これで準備よし。」


毛利小平太は準備を済ませて同志たちと合流しようと長屋を出ようとしたところ、突然襖が開いた


「小平太!」


「あ、兄上。」


現れたのは大垣新田藩士である毛利右源太である。突然の兄の来訪に内心、驚きつつも平静を装い用件を聞いた


「何用にございますか?」


「小平太、お前に仕官先を紹介しようと思って参ったのだ。」


兄から仕官の誘いをされた小平太は丁重に断る事にした


「兄上、せっかくのお誘いですがご辞退致します。」


「何故だ。」


「申し訳ございませぬ、これから急用がございますので此れにて御免。」


「待て!」


兄の横を通ろうとする小平太を右源太が通せんぼをした


「小平太。お前、仇討ちをするつもりだろ。」


ズバッといわれ、小平太の目は泳いだ。それを見逃さながった右源太は問い詰めた


「な、何のことやら・・・・」


「小平太、お前が仇討ちをすれば新田藩に塁が及ぶ!それだけはさせぬ!」


「お、お退きください!」


「ならぬ、どうしても通るのであればワシを斬ってから行け!」


仇討ちに参加するなら自分を斬ってから行けという兄の覚悟に小平太は体を震わせながらその場で立ち尽くした


「(大石様、皆、申し訳ござらん。)」


毛利小平太、討ち入り当日に抜けた最後の脱盟者であった







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