第16話:討ち入り前夜

「大高、間違いなんだろうな!」


「はい、確かに!」


不破の問い掛けに大高は断言した。大高曰く、12月5日に茶会をやる予定であったが急遽、柳沢邸にて将軍、徳川綱吉が来訪する事になり吉良上野介も参加する事となり延期になったのである


「将軍の御成りともなれば、致し方あるまい。」


大石の一言で同志たちは意気消沈した。12月5日に向けて準備が進めていたのに肩透かしをくらったのである。大高源吾は周囲の空気を否が応でも感じつつ、「次こそは必ず」と大石や同志たちの前で宣言した


「頼むぞ。」


「ははっ!」


大高は再び四方庵宗徧の庵を訪れていた。茶会の日取りを然り気無く確認するためである


「新兵衛【大高源吾の偽名】殿は来年、大坂へ帰られるとか?」


「はい。そこで今一度、宗匠のお茶の手習いをしとうございます。」


「御別れの茶ですか、それでいつ頃?」


「はい、14日あたりはどうでしょうか?」


「14日・・・・か。」


四方庵が14日にしようとしたところ、傍にいた弟子の1人が横から進言した


「宗匠、その日は・・・・」


「ああ、吉良様の茶会だな。」


「吉良様の?」


吉良の茶会と聞いた大高は神経を尖らせた。傍にいた弟子からは「宗匠」と注意をすると四方庵は「ああ、これは言ってはいけなかったな」と罰が悪そうにしていた。傍で聞いていた大高は苦笑いを浮かべつつも14日に行う事をしっかりと記憶したのである。一方、横川勘平は【三島小一郎】という偽名で独自で活動し吉良家を調べるために出入りする茶坊主と親しくなっていた。茶坊主がいなくなった隙に手紙を盗み見て、12月14日に茶会を行う事を知ったのである


「12月14日・・・・急ぎ、大石様に知らせねば。」


大高と横川は早速、大石にこの事を報告した。大高だけではなく横川からの報告もあり信憑性がより高まった事で同志たちは「12月14日に決行しましょう」と大石に進言したが大石は慎重であった


「四方庵が吉良邸に入るまでは決められぬ。」


「では四方庵殿が吉良邸に入ったらよろしいですね。」


「ああ。」


そんな最中、原惣右衛門は配下の矢野伊助を呼び出した


「御呼びでございましょうか?」


「伊助。そなた、脱盟せよ。」


脱盟と聞いた伊助は呆気に取られたが我に返り、何故かと聞き返した。すると原は理由を語った


「ワシには嫡男の儀左衛門、養子の兵太夫、そして惣八【原惣右衛門の次男、仮名】がおる。しかし儀左衛門と兵太夫は仇討ちに反対し親子の縁を切っておる。ただ、惣八はまだ3つの童だ、いずれ公儀は罪人の親族の捕縛に向かうだろう。そのためにもそなたには生きて惣八を守って欲しいのだ。」


「惣八様を・・・・」


「あぁ・・・・そなたにとっては大変辛い思いもするかもしれん。時には卑怯者、臆病者と世間から白い目で向けられる日々を送るかもしれん。」


原惣右衛門としては討ち入りに参加させたかったが残った惣八の行く末が心配であり、配下の矢野伊助に頼む他なかったのである


「親馬鹿だと罵っても構わぬ。どうか、惣八の事を頼む、この通りだ。」


「だ、旦那様!」


土下座をする原に伊助は涙ぐみながらも「畏まりました」と了承した。その後、矢野伊助は12月12日に逃亡したのである


一方、瀬尾孫左衛門は大石に呼ばれた。何故、呼ばれたかは分からないが取り敢えず主である大石を尋ねた


「して御用は?」


「うむ、孫左衛門よ。そなたには討ち入りに参加せず生き証人になって貰うぞ。」


「は、はい?」


孫左衛門は耳を疑った。討ち入りに参加するなとはどういう事なのか、生き証人とはどういう事なのか、孫左衛門は大石に理由を尋ねた。大石は複雑な面持ちで理由を語った


「討ち入りに参加したいというそなたの気持ちは重々、承知しておる。だがこの事実を世に伝えて欲しい役目の者がいる。そなたには悪いが仇討ちに参加するのを取り止めて貰う。」


「それが何故、私なのでございますか!」


「すまぬ・・・・だがこの役目を全うできる者はそなたをおいて他におらぬ。」


「だ、旦那様。」


「孫左衛門、どうか引き受けてくれ、この通りだ。」


大石は頭を下げて、孫左衛門に頼んだ。孫左衛門はというと頭を下げる主人に矢野伊助同様、引き受けるしかなかった


「か、畏まりました!」


孫左衛門は目から涙を流し、そのまま矢野伊助と同様に12月12日に逃亡したのである



そして待ちに待った12月14日になった。吉良邸の前に前原伊助が営む米屋があった。吉良家の調査のために前原伊助と共に扇子売り&小豆屋を営む神崎与五郎、そして四方庵宗徧に弟子入りした大高源吾がいた


「吉良家屋敷に続々と人が入っていくな。」


「だが肝心の四方庵殿がおられぬな。」


「いや、あの御方は必ず出席する筈だ。」


四方庵宗徧が吉良邸に入るのを確認するためである。前原と神崎が吉良邸を注視していると中から毛利小平太が出てきた。小平太は前原と神崎と大高の下へ向かうと以下の事を報告した


「四方庵殿は出席するとの事だ。」


「確かか?」


「あぁ、間違いない。」


「よし。」


「ん、あれは。」


ふと大高が屋敷の方へ視線を向けるとそこには四方庵御一行を見かけた


「四方庵殿。」


「本当か。」


「あぁ、間違いない。」


「吉良邸に入ったぞ。」


四方庵御一行が吉良邸に入った事で吉良上野介が在宅している事が分かったのである。大高は真っ先に大石にこの事を報告した。報告を聞いた大石は堀部安兵衛と不破数右衛門を呼び出した


「御呼びにございますか。」


「うむ。先程、大高から四方庵一行が吉良邸に入ったと知らせがあった。」


堀部と不破は前のめりになり、「では」と大石を問い詰めた。大石は決意を秘めた眼差しで「今宵、動くぞ」と宣言した。それを聞いた堀部と不破は全身に震えがきた。とうとう仇討ちができるという喜びの震えである


「では皆にその事を伝えまする。」


「では今宵。」


そう言うと堀部と不破は部屋を退出した。大石は静かに瞼を閉じた。ここが正念場だという気持ちと、ようやくかという待ちわびた気持ちが混在していた


「(ここまで来た以上、後戻りは出来ぬ。)」


堀部と不破は同志たちを集め、討ち入りは今宵行う事や作戦等を伝えた


「合言葉は【山】と【川】、味方に負傷者がいれば助けるが肩に担げないほどの深傷を負った者はその場で介錯するとの事。」


「吉良家に隣接する本多家と土屋家は如何する?」


「吉良家に突入すると共に改めて両家に事情を説明する手筈にござる。」


「上杉家から援軍は如何するのだ?」


「細井広沢殿によると吉良家の縁者である畠山下総守様が上杉邸に駆け付け、援軍を送るのを阻止するとの事にござる。」


「吉良上野介及び吉良左兵衛の両名を討ち取れなかった場合は・・・・」


「もし両名を討ち取る事が出来ぬ場合は全員、その場で切腹をするとの事でござる。」


同志たちは今宵、行われる討ち入りの手筈を整える一方で、吉良家を見張るもう1人の影があった。上杉家に仕える軒猿の弥一である。弥一は色部又四郎よりある命令を受けていた






【回想開始】


米沢藩邸にて色部又四郎は弥一を呼び出しある命を下した


「弥一、そなたに命を伝える。」


「ははっ。」


「12月14日に吉良家で茶会が行われる。赤穂の浪人共は必ず動くであろう。討ち入りが行われた際、もし米沢藩邸に向かう吉良家の者がいれば、その場で斬り殺せ。絶対に米沢藩邸に辿り着かせてはならぬ。」


「御意。」


「ワシは病床の父に立ち合う、もしかしたら葬儀もあるかもしれん。弥一、後の事は任せたぞ。」


「お気をつけて。」


【回想終了】





色部又四郎の密命を帯びた弥一は吉良家を監視しているとそこへ米沢へ帰したはずのお凛が姿を見せた


「お凛。何故、ここに?」


「申し訳ございません、伯父上。私も今回の事で深く関わっておりますゆえ、最後まで役目を果たしとうございます。」


迷いのない決意の眼差しのお凛に弥一は溜め息をついた


「・・・・お凛。仕方のない奴じゃ。」


「忝のうございます。」


弥一とお凛はこれから行われる討ち入りを見届けるのであった

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