第19話:奮戦
討ち入りが始まると近隣の土屋邸と本多邸も吉良家屋敷の喧噪に目を覚ました。土屋邸の主である土屋主税は騒ぎを聞き付けた
「殿、赤穂浪士の討ち入りにございます!」
「とうとう来たか、高張提灯(たかばりちょうちん)を用意致せ。」
「ははっ。」
土屋邸では高張提灯が点てられた。本多家も同じように高張提灯が点てられた。それを見た原惣右衛門は両家に対し声高々に説明をした
「土屋様、本多様御一向に申し上げる。我等は播州浅野家の家来にござる。今宵、亡き亡君の無念を晴らさんがため推参致しました。決して御両家に御迷惑はお掛けいたしません。何卒、武士の情けを持ってお見逃しの程を!」
「相分かった、我等の事は気にせず存分に暴れよ。ただし塀より屋敷に入る者は吉良家であっても切り捨てる、左様心得よ!」
「忝ない!」
土屋主税がそう宣言すると本多家も土屋家と同様に赤穂浪士の討ち入りを容認したのである
「吉良の寝室はどこだ!」
「殿と大殿を守れ!」
吉良邸内は表門隊、裏門隊が吉良上野介と吉良左兵衛の寝室に向けて突入した。吉良家当主である吉良左兵衛は薙刀を持って赤穂浪士たちと対峙していた
「くっ!」
「おりゃ!」
「ぐあっ!」
赤穂浪士の一太刀で右腕を負傷し吉良家家臣たちが左兵衛を庇い、安全な場所へと避難した。僅かな香料の香りと捨てられた薙刀に吉良家の家紋が入っているのを確認した片岡源五右衛門等は「今のは左兵衛か」と吉良左兵衛の逃げた所へ視線を向けたが既にその場にはいなかったのである
「「「「「キャアアア!!」」」」」
「待てええええ!」
吉良家に仕える羽織りを着ていた女中たちは屋敷の外へ逃亡しようとしたところ、近松勘六等の赤穂浪士たちに止められた
「屋敷に戻れ、誰1人外へ出さんぞ!」
「近松殿、女は見逃せ!」
屋根から弓を発射していた早水藤左衛門は女中を逃がすよう叫んだ。近松は女中たちに「羽織りを取れ」と命じると何人かの女中が1人ずつ羽織りを脱いだ。確認を取った後は1人ずつ逃がして行くと最後の列にいた者は羽織りを脱がずにいた。怪しい動きをする者に近松は不審を抱いた
「そこの者、羽織りを取れ!」
すると羽織りを近松等に目掛けて放り投げた。近松等は辛うじて避けるとそこに現れたのは完全武装の山吉新八郎が待ち構えていた
「来い、赤穂の蛆虫ども!」
山吉新八郎は二刀流の状態で近松等に挑むのであった
「山!」
「川!」
戦闘中でも味方が同士討ちを避けるべく合言葉を言い合う同志たち、正常な判断ができず赤穂浪士と間違えて同士討ちしてしまう間抜けなミスを吉良家家臣、しかし合言葉等を関係なく暴れる男がいた、不破数右衛門である
「おりゃあああああ!」
不破数右衛門の一党の中で凄まじいほどの活躍ぶりを見せており、刀が刃毀れを起こしても暴れまくった。そんな不破を無視してある場所へ向かう男がいた
「急がねば!」
吉良家四家老筆頭である斎藤宮内は赤穂浪士に気付かれずに長屋に侵入した。長屋は既にもぬけの殻で宮内は脆くなっている長屋の壁を力尽くで開け始めた。そして人1人が入れるくらいの穴まで開けると中に入り外に出た後、塀を乗り越え吉良邸を脱出した
「今のうちに米沢藩邸へ!」
斉藤宮内は赤穂浪士が討ち入りに来た事や援軍の要請のために寝間着、裸足で米沢藩邸へと向かったがその途中で吉良家を監視をしていた弥一とお凛に遭遇した
「何奴!」
「ここから先は行かせん。」
「どけ!」
宮内は刀を抜き、2人に斬りかかったが弥一とお凛は協力して対応した。刀を振り回していた宮内は疲れきったところ、弥一が宮内に腹に当て身を食らわせ気絶させた
「うっ。」
「伯父上。この者、この場で斬りますか?」
「放っておけ。」
「宜しいので?」
「どうせ吉良上野介及び左兵衛は討ち取られるのだ。この男には主君の最期を見届ける事にしよう。」
「はっ。」
宮内は縛られた上で人気のない場所に寝かせられた。吉良邸宅では負傷した吉良左兵衛を吉良家四家老の1人である左右田孫兵衛と中小姓である左右田源八郎の親子等と共に塀をよじ登り吉良邸を脱出する最中であった。そこへ運悪く堀部安兵衛と奥田孫太夫等に見つかったのである
「ん、そこにおわすは吉良左兵衛様とお見受け致す!」
「左兵衛様!御命、頂戴仕る!」
「しもうた!」
「殿、ここは我等が防ぎます故、御先に!」
「早う塀を御上りくだされ!」
左右田親子は左兵衛を逃がすために時間稼ぎとばかりに激しく抵抗した。堀部たちも吉良左兵衛を討ち取ろうと躍起になり、激突した。左右田孫兵衛は乱戦中に刀が折れてしまい、赤穂浪士に斬りつけられる瞬間、息子の源八郎が寸前のところで止めた
「父上、ここは某が防ぎます故、殿を!」
「くっ、すまん!」
孫兵衛も塀によじ登り、吉良左兵衛の下へ向かった。源八郎は奮戦したが多勢に無勢、その場で斬り殺されたのである
「うぅ・・・・南無阿弥陀仏。」
「くそ、逃がしたか。」
左右田源八郎の奮戦によって吉良左兵衛は逃亡に成功したのである。吉良左兵衛を逃がした事で堀部たちは意地でも吉良上野介を討ち取らなければいけなくなり、血眼になって探すのであった
「ここから先は行かせん!」
吉良家四家老の1人の松原多仲は吉良上野介を逃がすために庭先にて赤穂浪士たちを食い止めていたが一向二裏戦法によって徐々に吉良家家臣が討ち死に、松原は最後まで奮戦したが赤穂浪士の放った矢によって利き腕を負傷したため刀を落とした
「ううう。」
「吉良上野介はどこにいる!」
「し、知らぬ!」
「こいつめ!」
「こやつに関わっている場合ではない、寝室に向かうぞ。」
「ま、待て。」
「ふん。」
「ぐふっ。」
松原は峰打ちによってその場で気絶させられ浪士たちは寝室へと向かった。一方、吉良上野介はというと小林平八郎と清水一学の他に近習頭で剣の使い手である須藤与一右衛門と吉良家用人で宝蔵院槍術の達人である鳥居利右衛門等の家臣と茶坊主の松竹と共に隠し部屋に避難していた
「大殿、このまま長屋へ向かい隠し部屋から吉良邸を脱出致します、宜しゅうございますね。」
「平八郎、ワシはここで終いじゃ。」
「このような時に弱気な事を・・・・」
「気休めは良い、ワシはここで死ぬ。」
「大殿、何を申されまするか。」
「左様、諦めてはなりませぬ。」
「ワシは松の廊下で大人しく浅野に殺されれば良かった。ではければこのような生き地獄に遭う事もなかったのだ。」
「大殿、諦めてはなりませぬ。上杉の援軍が駆け付けるまでは何としても生き延びるのです。」
松竹の発言に平八郎は眉を潜めた。上杉からの援軍が来ない事を察していた平八郎は否が応でも上野介を励まし続けた
「大殿、ここが正念場にございます、源頼朝公も最後まで生き、本懐と遂げました。」
「頼朝公か・・・・ワシもなれるものかのう。」
「なれまする、どうか最後まで希望を捨ててはなりませぬ。」
「・・・・分かった。」
平八郎の激励によって吉良上野介も僅かだが生きる気力が湧いたのである
「皆、ワシは生きるぞ。」
「その意気にございます。」
「では参りましょう。」
「あぁ。」
吉良上野介等は赤穂浪士に見つからぬよう静かに行動するのであった
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