第29話:大赦令

宝永3年(1706年)1月20日、預かり先の諏訪高島藩にて吉良左兵衛義周が21年の生涯を閉じた。これにより三河西条吉良家は断絶したのである。左右田孫兵衛と山吉新八郎は赤穂浪士の襲撃後も生き延びて吉良左兵衛に仕え続けたが主の死去によって2人は浪人となった


「左右田様、我々の人生は何だったのでしょうか?」


「さあな、こればかりは天の差配としか、いいようがない。」


「だとしてもあまりにも理不尽にございます。」


「それ以上申すな、新八郎。」


孫兵衛は主君である吉良上野介と息子の源八郎を失い、左兵衛を逃がしたが結局は死んでしまい吉良家は断絶となった


「新八郎、ワシは隠居して吉良へ戻る。これからの人生、亡き大殿、殿、息子の菩提を弔うつもりだ。」


「私は米沢藩に戻ります。」


「そうか、元々は米沢の生まれであったな。」


「ここで御別れにございます、どうかお達者で。」


「そなたもな。」


こうして2人はそれぞれの道を歩んだ。左右田孫兵衛は三河国の吉良に戻り、88年の生涯を亡き吉良上野介、吉良左兵衛、左右田源八郎等の冥福を祈りながら余生を過ごした。山吉新八郎は米沢藩に戻り、再び仕官を果たし83年間を過ごしたという。吉良家はその後、武蔵吉良家【奥州管領家】の蒔田義俊が吉良に復姓に戻り、再興を許されたのである






「よう参られ申した。」


江戸城中奥にて右大臣、徳川綱吉は朝廷より派遣された近衛家当主である左大臣、近衛家熙と家臣である進藤刑部大輔長之が来訪した。綱吉の他に世継ぎである徳川家宣、家宣の家臣である間部詮房、大老格である柳沢美濃守吉保等の幕閣も出席していた


「此度は厳有院殿及び桂昌院殿の法要にお招き頂き痛み入る。御上も桂昌院殿が御他界あそばされた事を大層お嘆きにあらせられた。」


「おぉ、天子様が・・・・」


「そこで右府殿に進言したき事がある。」


「な、何なりと。」


進言と聞いた柳沢美濃守は鋭い眼差しで近衛家熙を見据えた。家宣を始め周囲も固唾を呑んで見守った


「厳有院殿の27回忌、桂昌院殿の一周忌に合わせて大赦令を行われては如何か。」


「た、大赦令と・・・・」


「左様、大赦令によって罪を2等3等に減じ、厳有院殿と桂昌院殿の御威徳が世にあまねく広め、徳川家のより良い繁栄を導くものと存ずる。」


「おおっ、それは良い!」


大赦令と聞いた柳沢美濃守は面白くなかった。幕閣の中にも大赦令を出すよう進言する者も数多くおり、更に朝廷の横槍が入った事に内心、不満であったが今の綱吉は誰の目から見ても大層御満悦の様子なため口出すわけにはいかなかったのである。するとそこへ家宣が続けてこう進言した


「上様、この際、全ての赤穂浪士の遺族の罪を許されては如何にございましょうか?」


「浪士の遺族を?」


「上様が御許しになれば万民は上様の御威徳に自然と信服致しましょう。」


「うむ、構わん!赤穂浪士の遺族の罪も帳消しじゃ!」


「ははっ!」


赤穂浪士の罪を帳消しと聞いた進藤刑部大輔は内心、してやったりと微笑んだ。家宣と詮房も同様であり、柳沢美濃守以外の幕閣も赤穂贔屓が多いため満足していた。こうして赤穂浪士の遺族の罪は大赦令によって赦免されたのであった





「上様が大赦令を!」


「あぁ、左大臣様、大納言様の御進言もあって大赦令が出された。」


土岐邸にて土岐伊代守頼殷から大赦令が発せられた事を知った千種庄兵衛はようやく重荷から解放された心地であった


「赤穂浪士の遺族の御赦免がなったのも御城代様のお力添えもあっての事、厚く御礼申し上げます。」


「うむ、ワシも多くの幕閣にも話を付けたからな。ワシも骨を折った甲斐があったわ。」


土岐伊予守は幕閣に大赦令の事を密かに説いて回り、幕閣揃って徳川綱吉に大赦令を進言したのである


「御城代様、御礼についてにございますが淀川にて舟遊びを用意をしております。是非ともお越しになられる事を御願いまする。勿論、費用は全て手前が持ちまする。」


「うむ、良きに計らえ。」


「ははっ。」


近衛家の御用商人となった千種屋に多くの商人たちが繋がりを求めた。そのため早くも息子の菊丸と千代の縁談話が舞い込んできたのである。番頭を務める太吉から縁談話を聞いた千種も苦笑いを浮かべた


「おいおい、菊丸と千代はまだ子供だぞ。」


「近衛家の御用商人となった旦那様に唾をつけておきたい大坂の商人の強かさを感じますな。」


「お前様。」


「ん、登代か。」


「神山様が参られました。」


「神山様が・・・・客間へ通せ。」


突然、神山が現れた事に千種は首を傾げた。取り敢えず客間へ通すよう告げた。身嗜みを整え、客間へ向かうと上座に座り、茶を飲み、饅頭を頬張る神山三郎道次の姿があった


「これは神山様。」


「おぉ、千種屋。」


「突然のお越しにこちらも満足なおもてなしができませんでした。」


「構わんよ、話をしに来ただけだ。」


「左様にございますか。」


千種が下座に座ると神山は用件を伝えた


「千種屋、淀川で舟遊びをするそうだな。」


「左様にございますが、それが何か?」


「ワシも舟遊びに参加して良いか?」


用件というのは神山も舟遊びに参加したいとの事であったが仮にも与力が勝手に参加する事に千種は疑問を抱いた


「神山様、仮にも大坂町奉行の与力である貴方様が勝手気儘に参加して宜しいのですか?」


「その点は心配いらん、御城代様警護の名目で参加するのよ。勿論、御奉行も内々に参加されるわ。」


「あぁ~。」


それを聞いた千種は内心、それでいいのかと思いつつ土岐伊代守警護の名目があり、色々と世話を受けているので断るわけにもいかなかった


「承知しました。御城代様の警護であれば断るわけにはいきませんな。」


「おお、流石は千種屋だ♪」


その後、淀川にて舟遊びが行われた。空は夕暮れ、天気は雲1つない天候で大型の屋形船と大道芸人と芸妓と打ち上げ花火を用意した千種は忍び姿で現れた土岐伊予守、そして神山等の警備を名目に参加した者たちを出迎えた


「ようこそおいでくださいました、伊予様。」


「うむ。」


忍びで訪れた土岐伊予守の事を【伊代様】と偽名で呼ぶようにしていた


「では、こちらへ。お前たち、伊予様のお越しだ」


「「「「「ようこしおいでくださいました。」」」」」


「うむ、くるしゅうない。」


屋形船に乗り、千種は芸妓に酌をさせ、大道芸人による様々な芸をさせた。土岐伊予守は御機嫌な様子で大道芸人の芸を見ていた。一緒にいた神山たちもタダで酒が飲める事もあって一緒になって盛り上がっていた


「伊代様、外をご覧くださりませ。」


「おお、何があるのだ♪」


「空をご覧くだされ。」


空はすっかり暗くなっており、何もない状態である。その夜空に打ち上げ花火が上がった。大きく色鮮やかに花開く多くの打ち上げ花火に土岐伊予守は「おお」と声を上げた。土岐伊予守だけではなく神山たちや町衆たちも打ち上げ花火に見惚れていた


「おお、花火だぜ。」


「綺麗やわ。」


「千種屋が用意したそうやで。」


「粋やな。」


屋形船で花火を見ていた土岐伊予守も夜空に咲き誇る花火に「いいぞいいぞ」とご機嫌な様子でいた


「伊代様、如何にございましょうか?」


「うむ、風流じゃのう。」


「畏れ入ります。」


舟遊びは何事もなく成功し土岐伊予守は「見事だ」と誉めそやし、千種は大いに面目を施したのである。土岐伊予守一行はそのまま土岐邸へ帰る道中で神山が千種に近付いた


「千種屋、俺も楽しめたぜ♪」


「真っ直ぐ、帰れるのですか?」


「大丈夫、大丈夫、供の者がおるから♪」


「ではお気をつけて。」


「おお。」


神山は従者と共に屋敷へと帰った。千種も接待ではあったがそれはそれで楽しめたのでこれで良しと満足した


「さて、帰りますか。」


千種は供の者と一緒に千種屋に帰った。しかし千種を見据える気配に気付かずに・・・・






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る