第8話:不発

大石内蔵助は江戸にいた。理由は御家再興と仇討ちを急ぐ江戸急進派を説得するためである。そうとは知らずに堀部たちは仇討ちに参加する同志たちを大石の前で披露した


「これだけの同志たちが集まりました。」


「・・・・堀部。」


「はい。」


「よりにもよって軽輩だらけじゃないか。」


大石の眼前に広がるのは原惣右衛門や堀部弥兵衛等とは別に原惣右衛門の弟である岡島を筆頭に大半は軽輩の身分の者だらけであった


「お前たち軽輩の者は何が目的で仇討ちに入った。」


「大石様、この者たちは皆、殿の御無念を晴らすために集まり申した。」


「原、この中には殿のお目見えした事がない者も含まれている。それだけで仇討ちに参加するとは思えん。」


「そんな事はございません、そうであろう。」


原惣右衛門がそう尋ねると何名かは顔を背けたり、気まずそうな顔をしている者がいた。大石はその者の名前を言い当てた


「勝田新左エ門、神崎与五郎、横川勘平、三村次郎左衛門、茅野和助、目的を言え。」


言い当てられた勝田たちは観念し正直に白状した


「・・・・仕官です。」


「何だと!」


仕官という言葉を聞いた原惣右衛門は勝田たちを睨みつけた


「お前たち、殿の仇を討つために参加したのではないのか!」


「天下泰平の世となれば今の我等は仕官が叶いませぬ。」


「我等は仇討ちで名をあげて次の仕官先を見つけねばなりません。いつも重用されるのは算盤勘定のできる者で武芸しか取り柄のない者が武士と生きられるのはこれしかなかったからです。」


「御家再興が叶っても仕官できるのは二十数名、我等のような者は爪弾きされるのはオチです。」


「江戸は物価が高く生活にも難儀しております。」


「此度の仇討ちで名をあげて仕官に望みが叶うと思い、参加しました。」


「この不心得者が!」


「よせ、原。」


叱責しようとする原惣右衛門を大石が押しとどめた。大石は江戸に来た理由を伝えると堀部たちは呆気に取られた


「お前たちが仇討ちに動いていうと思うがそれは大きな間違いだ。仇討ちをするのは御家再興がならなかった場合のみだ。堀部、原、この先、ワシの許可もなく勝手に事を進めればワシはお前たちを見限る。」


「「「「「うっ。」」」」」


「良いな。」


「「「「「・・・・はい。」」」」


1702年(元禄15年)に入り、江戸では仇討ちは3月14日に行われるのでないかと噂が囁かれた。3月14日は松の廊下の事件と浅野内匠頭の即日切腹の日であり、敵討ちをするには打ってつけの日にちなのである。そんな中、仇討ちを誰よりも願っていた同志の萱野三平が自害した


「殿、申し訳ございません。父上、先立つ不幸を御許しください。」


萱野三平が自害するに至った理由は彼の実父である萱野七郎左衛門が良かれと思って息子を自身が仕える大島家に仕えるよう命じた。三平は仇討ちのために最初は拒否したが、やがて抗いきれないところまで追い詰められた三平は自害を選んだのである。知らせを聞いた堀部安兵衛たちは三平の死を悼んだ


「三平、すまない。我等が不甲斐ないばかりに・・・・」


「「「「「三平(´;ω;`)ウゥゥ」」」」」


一方、仇討ちの噂を聞いた吉良上野介は孫の吉良左兵衛と共に息子の綱憲のいる米沢藩邸に避難していた


「綱憲、そなたには迷惑をかけるな。」


「滅相もございません。実の父と息子の危機とあれば私は必ずや御守り致します。」


「うむ、頼もしい。」


「御爺様、父上。」


「ん?如何した、左兵衛。」


祖父と実父の間で静かに聞いていた吉良左兵衛は「赤穂の浪士たちは本当に仇討ちをするのですか」と尋ねた


「左兵衛、仮に赤穂の田舎侍共が攻めてこようともこの父が御爺様と共に守ろうぞ。だから安心致せ。」


「は、はい。」


「綱憲よ、紀州藩からの返事はまだか。」


「申し訳ございません、栄姫を通じて再三渡って知らせておりますが一向に返事は来ませぬ。」


「そうか。」


上杉綱憲の正室である栄姫とは前紀州藩主である徳川光貞の娘であり、現藩主である徳川綱教の姉であり、後の八代将軍である徳川吉宗の姉にあたる人物である。この時の紀州藩はというと上杉家と同様、面倒から巻き込まれたくないというのが本音であり、もし吉良家に加担すれば公儀に目をつけられるのである。紀州藩はかつて初代藩主である徳川頼宣が慶安の変を起こした由井正雪の手元に徳川頼宣の直筆の密書が発見「後に偽物と判明」した。そのため幕府に睨まれ、紀州藩は神妙に御奉公するしかなかったのである


「紀州が動かぬのであれば是非もなし。頼りになるのは綱憲だけじゃ。」


「御心配なく。この綱憲、命に代えましても御守り致します。」


「頼むぞ。」


そして運命の3月14日になったが大石内蔵助を始め赤穂の浪士たちは動かなかった。大石が動かなかった事で世間は赤穂浪士たちを【臆病者・不忠者】と蔑んだ


「主君の仇を取らないなんて武士じゃねえな。」


「揃いも揃って腰抜け揃いだ。」


「流石の赤穂の浪人も犬公方には敵わないか。」


世間の声を否が応でも耳に届く堀部安兵衛たちと片岡源五右衛門等は悔し涙を浮かべた


「くっ、大石様は何をやっているんだ!」


「吉良は上杉家に守られて手も足も出ない!」


「無念だ!」


その頃、大石内蔵助はというと、いつものように女遊びに耽っていた


「「よよいのよい。」」


「わっちの勝ちどす。」


「悔しいのう♪」


「ささ旦那、ぐぅっと。」


大石は遊女とじゃんけんをしていた。じゃんけんに負けた方は酒を飲むのである。その様子を見ていた他の客は「あれは大石じゃなくて軽石だな」と陰口を叩いた。するとそこへとある珍客が訪れた


「大石様。」


「ん、おお、不破ではないか。」


現れたのは不破数右衛門である。不破はかつて赤穂藩士【石高は100石、馬廻・浜辺奉行】であったが家僕を斬った事で浅野内匠頭の勘気に触れ、浪人の身となったのである。赤穂藩が断絶が決まった際に戦が始まると聞き、駆け付けたが城明け渡しが決まった事で赤穂を去ったのである


「どうだ、お前も飲むか?」


「大石様、御人払いを。」


不破の只ならぬ雰囲気に大石以外の周囲にいた人々の背筋がゾクッとした。流石の大石も不破の雰囲気を感じ取り、姿勢を正した


「すまんが席を外して欲しい。」


大石がそういうと遊女や他の客はそそくさとその場を去り、大石と不破の2人きりとなった。物々しい雰囲気の中で不破が要件を述べた


「大石様、仇討ちをする気はあるのですか?」


「・・・・ない。」


間があったものの大石の口から「ない」と言い切った。大石としても迷いはあったものの今の不破に嘘や偽りは通じないと思ったのである。一方、不破はというとじっと大石を見据えていた。長い沈黙が続いたが先に沈黙を破ったのは不破だった


「・・・・左様にございますか。」


「・・・・不破、お前に聞きたい事がある。」


「何でございましょうか?」


「亡き浅野内匠頭様の御勘気を蒙り、浪人になったであろう。何故、そのような事を聞く?」


大石は不破にそう尋ねると不破はありのままに答えた


「無論、亡き内匠頭様の仇を討ちます。しかし某は主君より勘当された身にございます。一時の感情に身を任せて家僕を斬った事、今でも後悔しております。それ故、償いをしたいので思い大石様の御許しを得たく馳せ参じましてございます。」


主君の勘気を蒙っている自分自身が無念の最期を遂げた主君のためにしてやれる事は仇討ちしかないと心に決めた不破は大石に仇討ちの盟約に加わりたいと願い出たのである


「不破よ、今のワシは浅野再興に動いている。ワシだけではなく浅野本家や脇坂家等も尽力している。今の時期に仇討ちは尽力している方々に迷惑をかける事になる。」


「では浅野家再興がならなかった場合は仇討ちをするという事で宜しゅうございますか?」


「あぁ。」


大石がそう言うと不破は「分かりました」と言い、席を立ち帰ろうとしたところ、ふと立ち止まり、こう告げた


「お帰りの際はお気をつけて、鼠が彷徨いております故。」



「そうか。」


「では此れにて御免。」


不破がそう言うと部屋から立ち去った。1人残された大石はというと・・・・


「そのような事、端から分かっておるわ。」


大石は盃に酒を注いだ後にグッと飲み干した


「やれやれ、こうも監視されると酒が不味くなるわ。」


一方、色部又四郎が派遣した弥一とお凛は大石を動きを注視していた


「また女遊びに興じておるな。」


「私が大石に近付きますが?」


「いや、監視以外の事は承っておらぬ。」


「はぁ~。」


「おい。」


背後から声をかけられた2人は手裏剣を投げたが不破数右衛門に全て弾かれた。弥一とお凛は不破を警戒し距離を取っていた


「御主等はいずれの間者だ?吉良か、上杉か、それとも公儀隠密か?」


「くっ!」


弥一が黒い玉を地面に落とすとそこから煙が発生した。不破は恐れずに刀で斬りつけようとしたが2人の姿が消えていた


「逃したか。」


不破は刀を収め、その場を後にするのであった

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